千人の交響曲の「演出」

びわ湖ホールが開館20周年記念公演で千人の交響曲を取り上げて、

(1) カトリック典礼文による第1部を「序曲」風に純音楽的にまとめて、ファウスト終幕による第2部を所作と衣装のない音楽劇(オラトリオ風の)として盛り上げる。(だから、客席奥のバンダのブラスが、ほぼ同じ音楽なのだけれども、第Ⅰ部の最後はさらっとイン・テンポで、第2部の最後はもったいぶってグランディオーソになる。)

(2) そしてその第2部のクライマックスでは、舞台上に「ルル」他の福井敬と、「死の都」他の砂川涼子がいて、バルコニー席には「ばらの騎士」他の幸田浩子がいる。

こういう公演に立ち会うと、結局、歌劇場を11年間切り盛りした指揮者のほうが、演出家として、どの職業演出家よりも圧倒的に優れている、ということになってしまいそうなのですが、いいのでしょうか? 

歌劇場での公演だからこそ意味があるやり方でマーラーに取り組んでいるわけだから、九州や名古屋や東京(私が魔笛を見に行った日に池袋でやっていたらしい)での同じ曲の公演ではマネできないだろうし、本来であれば台風直撃で公演中止になるところで(JRが当日運休するであろうことは前日、前々日からほぼわかっていた)、公演日前倒しというアクロバットを思いついて各方面に働きかけたのも指揮者沼尻竜典だったらしい。

コンヴィチュニーであれケントリッジであれ、歌劇場での演出/歌劇場の演出で実績をあげている人たちは、こういうタイプの仕事をしていると思う。

沼尻竜典・びわ湖ホールの千人の交響曲は、オペラのベスト・オブ・イヤーみたいな賞の有力候補になってもいいんじゃないか。

緻密に組まれたスケジュールに乗ってコンサートライフを送っていると聞き逃してしまう公演ですけどね。

ゴールを見失った演出、好発進だったのに

びわ湖ホールの「魔笛」は既に日生劇場でやったプロダクションだそうなので、今さら演出について何か言っても仕方がないかもしれませんが、前半はほぼ完璧と思えるくらい周到にひとつひとつのシーンを作り込んでいたのに、後半でそれらのアイデアがほとんど活かされることなく、ごく普通の結末に着地したので、がっかりした。(清掃人のアンチャンたちも3人のアマデウスも、後半は大して活躍しない。あれでは無駄遣いと言われてしまうと思う。)

昨年の関西二期会の「魔弾の射手」も似たような竜頭蛇尾の演出だったけれど、ドイツで勉強して帰ってきた意欲的なオペラ演出家がゴールを見失ってしまうのは、何か構造的な問題、症状なのでしょうか?

今の日本のオペラ制作では、演出家には目新しい「設定」を考えることだけが期待されていて、ドラマ本体はルーティーンに手を付けることが認められていない。最後は「音楽の力」なるものに主導権が移る。どうも、そういうことになっているように見えます。

ジングシュピール/オペラ・コミックは前半に台詞芝居が多くて、後半は台詞と歌がシンプルに交替するだけになる傾向がありますが、そうなったときに演出のほうも前半とは戦術を切り替える必要があるのではないか。そのときの「攻め手」を演出家が用意していないと、こういう風に惰性で進むことになってしまうのかもしれませんね。

あと、オペラ演出家が会議や稽古で長期間つきあうことになる「関係者(歌手もそこに含まれるかもしれない)」の大半は、ザラストロの教団のおっさんたちみたいな「可愛いオトナ」かもしれないけれど、本番でどの歌手よりも早くスタンバイして、最後まで板付きで持ち場に留まるオーケストラピットの人たちは、別のモラルと時間軸で舞台に関わっているような気がします。そういうのを含めての劇場なのではないだろうか。

作品の「世界観(物語の設定・舞台美術に落とし込まれるような)」を決めるのとは別に、ドラマの進行における言葉と声と音楽の関係(の変化・推移)を察知して、立ち位置を選択していくことも、演出の領分ではないかと思う。「世界観」を決めただけでオペラを「見切った」と思うのは、まだ早い。そのような態度でオペラにアプローチするのは、やはり、かなりマズいのではないでしょうか。

(少し前にはじまった新国立劇場のケントリッジの魔笛で「音楽」が映像とほとんど絡まないルーティーンになっていたのは、これとは事情が違って、ケントリッジのオペラ制作にいつもくっついて来ることになっているらしい「演出補佐」が、ケントリッジのアイデアをオペラとして実装するには力不足なんだろうと思う。)

リアリズムの条件:オペラの20世紀/テレビの20世紀とのつきあい方

一連のエントリーで考えたことは、リアリズムといっても文学(自然主義)と演劇(いわゆる新劇)と放送(実況中継)は、互いにリンクしているけれど存立条件が違っている、ということかと思う。

19世紀に隆盛を誇ったオペラ劇場が20世紀に凋落したときのてこ入れ策が色々あって、20世紀のオペラには自然主義文学も新劇もテレビ・放送・ビデオ映像も全部試みられて、でも、まるでスペクトル解析のように、オペラに入ってくると「リアリズム」といっても文学の影響、新劇の影響、テレビ・放送・ビデオの影響は、全部現れ方が違っている。

ひとつのジャンルが凋落する様子が「社会を映す鏡」になることがあるようですね。

テレビの凋落(それに付随する各種芸能の凋落)に付き従って、そこに「研究」の素材を見つけようとする人たちが21世紀にはたくさん出てきそうな気配だけれど、「オペラの20世紀」との息の長いつきあい方が、何かの参考になるかもしれないね。

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

読み替え演出のパントマイム的な演技

オペラの読み替え演出は言葉(歌詞)が指し示すのとは別の物語が進行するわけで、そういう舞台を見て何がどのように読み替えられているのか観客が受信できるのは、言葉なしに所作(と舞台美術)からドラマを読み取っているからだと思う。所作(と舞台美術)が、言葉を消してもドラマを成立させているわけで、読み替え演出の演技はパントマイムのような受け止められ方をしていることになる。

(そして演劇史的には、オペラの読み替え演出が、「言葉の演劇」に対する20世紀の反発、という系譜に連なっているということだろうと思う。)

……というところまでは、少し前に考えていて、この話をうまく展開していくことができないものかと思っていたのだけれど、

私たちは、このようなパントマイムが、言葉(や歌や音楽)と同期していなかったり、予期せぬ回路でリンクしてしまったりする様を楽しんでいるわけだから、ひょっとすると、読み替え演出の舞台は、全体として、「口パク」に近い何かになっているのかもしれない。

言葉と歌と音楽(とドラマ)が同期していないことに苛立つ人もいるけれど、通常の上演(それらを何とか同期させようとするような)を知らないお客さんは、むしろ、「読み替え」を何の抵抗もなく楽しむことが多いと言われている。

それと関連するかもしれないし、別の話かもしれないけれど、

舞台上の演者の言葉(台詞)と芝居が同期・シンクロするリアリズムは、舞台パフォーマンスとしても、むしろ、後発ですよね。

古代ギリシャでも、コロスや口上は演者自身の言葉として受け止められただろうけれど、ドラマがはじまると演者は仮面を付けたわけだから、仮面の背後で「口パク」しているようなものかもしれない。

日本の仮面劇である舞楽や能と、仮面をつけない狂言は、どうやら別の由来と文脈で展開してきた可能性があるようだし、演者が台詞を語る(=演技と台詞が同期する)歌舞伎には人形浄瑠璃が先行している。

それに、韻文の演劇(旧来演劇とはそういうものだった)や歌う演劇(オペラですね)においては、はたして、特有のリズムで進行する台詞や歌が、役者の演技・所作とシンクロしていると言えるのか。どうやら、そうではないような気がします。

視覚情報と聴覚情報、音と身体が同期している状態というのは、むしろ、そっちのほうが無数の約束事の上に成り立つ人工的なパフォーマンスなのではなかろうか。

(かつての劇場は暗くて、語ったり、歌ったりする演者の口元は、仮面のない素面だったとしても、観客からよく見える状態ではなかっただろうし。)

言語中心主義への批判をキリスト教批判として展開する、というクリシェがあるけれど、世俗領域で、演劇・ドラマにおける現前の再検討として展開するほうが、むしろ問題を整理しやすくなるかもしれませんね。事実、ドラマや現前の問題は、映画という20世紀のニューメディアの研究が色々な成果を出しつつあるわけだし。

テレビ世代の口パクに対する特異な感受性について

ラジオとかテレビとか新聞とか、団塊ならびにそのジュニアの感性に縛られていてダルいよね。

ミュージカル映画の歌やダンスのシーンはトーキー初期からずっと口パクだし、アニメーションは歌だけでなく台詞も全部口パク(アフレコ)なのですが……。

むしろ映像コンテンツでは、音と絵を後付けで組み合わせるほうが常態で、音と絵の同時/同期収録のほうが後発で特殊なのではないかと思う。

音と絵の同時収録(かつ生放送)を前提にスタートして、これが常態なのは、テレビ放送(と同じ技術を使ったビデオ)だけではないか。そして「口パク」に違和感がある、という感性を持ちうるのは「テレビ世代」だけなのではないだろうか?

既に老人である団塊というテレビ世代は現在のこの島では各種言論の上得意客だから、この人達の感性を基準に言論を組み立てる、というのも、ありといえばあり、なのかもしれないけれど。

(アニメで育って「新人類」と呼ばれた世代がいましたが(笑)、今、かつての「新人類」の子どもたちの世代にとって「口パク」が当たり前なのだとしたら、それは、団塊ジュニア世代の60年代を反復するような数十年がようやく終わって、「新人類ジュニア」世代が動き出した、ということなんじゃないですかね。)

[追記]

そういえばテレビ放送(スタジオ外からの中継)でも、昭和の頃は、放送衛星を利用した外国からの中継「衛星中継」では映像と音声がズレるのが普通だった。

落雷時にピカと光ってから少し怒れてゴロゴロという音が聞こえることの連想なども相まって、声が遅れて届くところに、中継地との「距離」が現れている、という風に受け止められていたと記憶します。これもまた、映像と声の同期が常態で、両者のズレは特殊な状況だ、という枠組で捉えられていたわけだけれど、技術的に考えれば、たぶん、映像の受信と音声の送受信が同じしくみではなかったからそうなっただけのことだったのではなかったか。

あと、インターネットが世間に出回りはじめた90年代半ばに、坂本龍一が、ネット回線で地球をぐるりと一周して戻ってきた情報をディレイとして利用してパフォーマンスする、というのをやっていたけれど、音声のズレ/遅れに距離・遠さを知覚する、というのは、案外、ウソっぽいことなんだよね。

フェアネスの実践:「相互補完的なヒエラルキー」の成立条件

長木誠司『オペラの20世紀』のケージ「ユーロペラ」を論じた節、625-626頁には、増田聡『その音楽の〈作者〉とは誰か?』で展開された「近代美学」批判に対する批判的な読解が含まれている。(初出は、未確認ですが『レコード芸術』の連載だと思われます。)

「作者」として名前が出ることのない演奏者たちは必ずしも作者の「犠牲になっている」わけではない、という長木誠司の主張を受け入れるかどうか、鍵となるのは、ヒエラルキーの下位が上位の「犠牲になる」わけではない「相互補完的なヒエラルキー」という観察モデルを認めるか否かだろう。

フェアな作法でなされた問題提起だと思う。(この大著自体が、よくぞこの課題をこういう態度で書ききったものだと感嘆する。)

増田聡本人であれ第三者であれ、この件に関心をもち、何らかのリアクションを言葉にしたいと思う人は、私の知ったことではないので、私のこのエントリーとは関係なく、長木さんの著作を読んだうえで、長木さんの著作へのリアクションとして当事者間で進めて下さい。

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

演奏史譚「第三十五話 大阪にオペラを〜朝比奈隆と武智鉄二〜」

東京の人がこの話題を事実関係等についてノーミスで書いているのを初めて読んだ。読むべき資料に全部目を通していないと、こういう言葉遣いでこの話を書ききることはできないと思う。

朝比奈隆の欧米視察の力点がオペラにあったことをさらりと書ける人って、本当に少ない。彼の足跡、彼が書いた文章を読めば自ずとそう思えるのに……。

「夕鶴」と「修禅寺物語」(←たぶんこの歌劇は「善」ではなく「禅」の字を使っているはず、「お蝶婦人」のほうは、「蝶々夫人」ではなく関西歌劇団公演時の外題をちゃんと使っているのに惜しい!)に初演キャストによる録音があるのは当時の雑誌記事から把握していましたが、山崎さんは入手していらっしゃるのでしょうか。聴きたい!

演奏史譚 1954/55

演奏史譚 1954/55

このあたりの本の関西関連の箇所と読み比べれば、思い込み・決めつけ(&孫引き)で書いている人とそうではない人の違いがわかるはずです。

日本オペラ史 〜1952? 1953〜? 特別セット

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キーワードで読む オペラ/音楽劇 研究ハンドブック

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  • 作者: 丸本隆,荻野静男,佐藤英,佐和田敬司,添田里子,長谷川悦朗,東晴美,森佳子
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こういうことをやっていると、「大学」の信用は落ちる。

有産階級の言論

一昨日ゲンロンカフェでの対談後、東さんや土居さんと深夜二時過ぎまで呑んで話して(私は時折寝落ち)改めて気付いたんだけど、二人とも話の前提が「経営者」なんですよね。話題に上る人達(津田さん等)も同様。「被雇用者」は私だけw。対話や交流に値する人達が、どんどん大学から離れていってる。

ここで言われている「経営者」は有産者ということだから、大学の現状云々というより、言論の担い手としての「市民」(ブルジョワ)という階級概念が再発見されているのだと思う。

サラリーマン/被雇用者(プロレタリアート)の自分語りをぐるぐる回すことに知識人は退屈しつつある。

(ちなみに、わたくしはこの夏、ノアンに行く機会を得ました。ジョルジュ・サンドの実家、というか所領があった村ですが、彼女はポーランド王の庶子でルイ15世時代の大元帥だった貴族の末裔で、ショパンの伝記にも登場する彼女の息子モーリスはノアンの村長を務めたこともあって、いまでは、サンドとその一族の痕跡が「村おこし」のシンボル的な存在になっているようでした。ショパンがこの村に滞在したことは、そのようなサンド家の数世代にわたる名望を彩る「数多くのエピソードのひとつ」に過ぎない。そのような印象を受けました。)

愛の妖精 (中公文庫)

愛の妖精 (中公文庫)

(そんなサンド「愛の妖精」の邦訳を学習院の篠沢先生が手がけているのですから、19世紀フランスや20世紀日本に「市民」の文化としての文学/小説、というのがあって、音楽は(ちょうと「うた」が「ことば」に支えられて存立するように)文学に随伴する、というのが、そのような「市民」文化の布置であったと見積もるのがいいのではないかと思われます。)

ショパンとサンド

ドラクロワが描いたショパンの肖像とサンドの肖像が、もともとは彼のアトリエから没後発見された一枚の絵で、ピアノを弾くショパンの背後にサンドが寄り添う構図だったらしい。

シルヴィ・ドレーグ=モワン『ノアンのショパンとサンド』(原書1988年)では、ショパンの絵とサンドの絵が、1枚の画布の右側(ショパン)/左側(サンド)であるとの出典注記を添えて掲載されており、

ノアンのショパンとサンド

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  • 作者: シルヴィドレーグ・モワン,Sylvie Delaigue Moins,小坂裕子
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
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ジル・サムスン『ショパン』(原著1996年)の場合、(原著のレイアウトは未確認だが)翻訳書では、ショパンとサンドの出会いの経緯を扱う章の本文中にサンド、ショパンそれぞれの肖像を掲載して、二人の出会いを語り終えた章末に、この肖像のためのスケッチを掲載して、今では切り裂かれて失われた原画のありようを推測できるように配慮されている。

ショパン 孤高の創造者 人・作品・イメージ

ショパン 孤高の創造者 人・作品・イメージ

ジル・サムスンは、サンドからショパンへの手紙が失われてしまった経緯を紹介して、二人の関係が「実際はどうであったのか」、どのような手段を講じようとも知り得ない領域が残ることを示唆している。

「ショパンのピアノを聴くサンド」というドラクロワの原画(二人が出会った頃の絵であるらしい)が切り裂かれて失われてしまったことは、サンドとショパンの関係(生前リアルタイムに毀誉褒貶があり、後世には、サンド側に相当不利なバイアスをかけて語られてきた)を象徴するエピソードに思える。

音楽之友社が1992年に出した「ノアンのショパンとサンド」の翻訳では、表紙に、失われたドラクロワの絵の後世の復元が使われているが、原書もこういう装丁だったのだろうか?

「ドラクロワのショパンとサンド」というようなワードで検索すると、すぐにこの後世の復元の画像が出てくるが、Wikipediaを含めて、この復元が誰の手によるもので、いつ公開されたのか、よくわからない。

切り裂かれて今では失われて知り得ない領域がある、というのが肝心なところだと思うのだが、「集合知」は、そういう裂け目に耐えることができないんだなあ、と改めてがっかりする。

大著が次々出る

ゼロ年代には学者が薄い書き下ろしの新書を量産したけれど、

(そして岡田暁生の本は単行本もこうした新書同様に一晩で読み切ることのできる分量・文体なわけだけれど、)

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

最近は厚い本が目立つ気がする。

(それもあって、机の上に広いスペースがないと仕事がはかどらない。)

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

オペラの20世紀: 夢のまた夢へ

天才作曲家 大澤壽人

天才作曲家 大澤壽人

武満徹の電子音楽

武満徹の電子音楽

いわゆる「クラシック音楽」も同様に厚い本が出るようになった。

シューマン 全ピアノ作品の研究(上)

シューマン 全ピアノ作品の研究(上)

シューマン 全ピアノ作品の研究 下

シューマン 全ピアノ作品の研究 下

ベートーヴェン像再構築

ベートーヴェン像再構築

これもまた、ペラ紙の「書類」を「プレスリリース」して「イベント」の体裁を整える音楽ビジネス(そしてそのようなペラペラな紙の集積が口コミやインターネットに流される「情報」のソース・典拠であると見なされているのだから、このような営みの物理的な基盤は呆れるほど「薄い」、一昔前であれば「吹けば飛ぶような」と形容されたであろうように)への抵抗の形なのでしょうか。

一方、決定版的な大部の評伝の翻訳は時流と関係なく粛々と刊行されていて、

ショパン 孤高の創造者 人・作品・イメージ

ショパン 孤高の創造者 人・作品・イメージ

そのなかで、ショパンのこれは、日本語版の体裁は重厚だけれども、たぶん原著はむしろ薄くスピーディに読める本で、大著というより、最新の研究成果を見通しよくまとめた本と言うべきかと思いますが。