もはや悪場所ではない

パスを配給されてしまったが、不戦の決意は揺るがない。

Graphvizで「創られた説」の資料を作った

去年覚えたGraphvizを授業の資料作りに使ってみた。 やや誇張混じりのおおざっぱではあると思いますが、こういう風に資料の現状をまとめて、バレエの組み立てを整理して論点を追い込んでいくと、バレエ・リュス/モダン・ダンスの先で20世紀に復興したクラシ…

殺風景な1970年代

小谷野敦が、帰ってきたウルトラマンの1971年を私小説の要素を交えながら「暗かった」と書いていたが、ドル・ショックとか企業テロとか赤軍とか、世界史的に1970年代前半は殺風景な時代だったのではないか、という感触がある。ルパンIII世第1シリーズの最初…

恐怖の縮減

知性・教育は、言い知れない恐怖の感情を、完全に払拭はできないかもしれないし、そのような完全さを求めるのは不遜かもしれないけれど、ある程度まで恐怖の感情を限定したり縮減して、結果的に文明に貢献しているのではなかろうか。そしてそのような恐怖の…

父性の行方:ステージ・パフォーマンスのグランドマナーと長幼の序というローカルマナー

パフォーマーが公衆のすべての欲望を解放してみせることでもたらされるアートのグランドマナー(そこで浮かび上がるものは、ステージと公衆の関係があまりにも20世紀の歴史的条件に既定されすぎているので、デュシャンやケージと同じく今となっては「20世紀…

profess 公言する、ということ

「○○という論文の××ページの△△という記述は誤りである。なぜならば……」という指摘は、この指摘を取り込んだ新たな研究が登場するまで、当該論文とセットで伝承される。なんとなくいつの間にかほとぼりが冷めて水に流される、ということはないわけだが、これ…

切磋琢磨

あからさまな誤りの指摘がプロフェッショナル同士の会話で問題になることはむしろ少ない。問題点の指摘は、通常、指摘された側がその問題点をその人なりに咀嚼して次に生かすことが期待される。そしてそのようなやりとりに、エコーチェンバーな場所は向いて…

歴史と歴史学、SFと宇宙物理

歴史好きは史学科に行ってはいけない、と煽る人がいるようだが、この理屈を敷衍すると、SF好きは宇宙物理学科に行ってはいけない、ということになりそうだ。でも、SF好きの宇宙物理学者は珍しくないよね。歴史好きな歴史学者も普通にいそうだ。歴史好きと歴…

新聞記事検索 - ポストトゥルースは検索を全能とみなす?

記事検索というような名称で提供されている各社のサービスは、その会社が発行した新聞に印字されたすべての文字列を検索できるようになっているのだろうか。新聞には、社内の人間が書いた文章だけでなく、おそらく権利上新聞社が自由に取り扱うことの難しか…

クラシック音楽ベストワン

修士論文はどうにもうまくまとまらなくて、伊東信宏に頼んで、シルヴァン・ギニャールに論文で扱う予定のシューベルトの即興曲の分析を見てもらった(実質的にはギニャールさんに分析してもらった)。分析の会はギニャールさんの自宅でやった。その帰りだと…

抑圧の解除法

クララ・ヴィークが、奇人変人としか言いようのない独身時代のロベルト・シューマンのピアノ音楽をどう受け止めたのか、という話の最後に、「子供の情景」第1曲をクララの晩年の弟子が弾くのを聴いて、この曲の一見平易だけれども繊細に考え抜かれた書法を簡…

ショパンとドイツとフランス官僚

ロベルト・シューマンをクララ・ヴィークの側から捉え直すのに続いて、パリのショパンについては、「ドイツ派の亡命ポーランド人」と見るのがいいのではないかと思っている。ワルシャワにおけるショパンが「ドイツ派」だった、という指摘は以前からあるし、…

誰が中世を「闇」だと考えたのか?

ギリシャ神話は紀元前に栄えた文明の古層だが、ローマ帝国/中世キリスト教会のラテン語文化で育った知識人たちにとってギリシャ語古典文献の解読はキラキラ輝く刺激的な「新しい知識」であり、神々と英雄たちの活躍をキリスト教的な世界観に組み入れること…

格言

一斑を見て全豹を卜す(たまたま最近あった事件に言及して総合的判断をせず「だから日本の警察は」と言う類) -- via twitter 小谷野敦 SNSのコメントのテンプレートだな。

結果を面白がる前に

タイトルと内容紹介から判断すると、こっちの本が政治学としての立場や方法を明示した出発点なのだろうと思われる。本気で「音楽学者も負けてはいられない」と対抗意識を燃やすのであれば、そのような成果をあげることができた前提、先方の装備を具体的に知…

サロンのささやきとエコー・チェンバー

エコー・チェンバー(反響室)に閉じ込められてしまったときに、どうすればいいか。故事を繙くとしたら、キリスト教の典礼は城壁で囲い込まれた中世都市(=ジェントリフィケートされたゲーティッド・シティの原型だよね)に石造りのワンワン響く建物を造る…

20歳の決断 - 「勉強」もひとつの選択肢ではあるだろうけれど、それだけではあるまいに

「メンデルスゾーンは20歳でバッハのマタイ受難曲を蘇演して、ショパンは20歳でコンチェルトを自作自演した。リストは幻想交響曲を画期的なピアノ編曲で出版している。私には何ができるか?」そこで親の稼業を生かした批評活動、ジャーナリズムですよ、とい…

バレエの歴史の断絶に耐えること

こういう風に表にすると、パリのバレエがルイ14世から連綿と続いているとは言えないことがわかる。(今回は、まだ18世紀のバレエが抜けている状態だが。)ポワントで立つ技法をタリオーニ父子が1831年のオペラ「悪魔ロベール」と1832年の「ラ・シルフィード…

市民の面前で芸術を華麗に暗唱すると嫌われる

宮廷の楽人たちは貴族の御前で詩や音楽を暗唱した。一方、19世紀の自由人芸術家は、市民の中で自らも市民として詩や音楽を黙読する。その態度を可能にしたのが出版文化の整備・発展なのでしょう。現代の情報社会が直接の対面ではなくスマホの凝視を強いるよ…

ロベルト・シューマン・パブリッシング:19世紀出版バブル時代の「外国」「読書」「批評」「哲学」

再び時間がないので各々簡潔に。(1) 贅沢な留学細かいことはともかく、幕末の幕府ご一行の洋行や長州の若手の隠密行動から先ずっと、公費であれ私費であれ、「生存のため」でない留学、単なる蕩尽である自分への投資として留学がなされた例は、それほど多く…

ワーグナーに先を越されるシューマン

Clara Wieck described the performance in a letter to her later husband Robert Schumann dated 17 December 1832:"Father [ Friedrich Wieck ] went to the Euterpe hall on Saturday. Listen! Herr Wagner has got ahead of you; a symphony of his was…

労働集約型産業

かつて日本の農業は労働集約型で、北限の気候で無理矢理行われている稲作はその典型だと言われたけれど、情報産業、情報社会への「ニッポン」の対応も、相変わらず「労働集約型」ですよね。(というのが、ひとつ前のエントリーのざっくりした要約かもしれな…

映像と「時間割」:データの量と密度の混同

今年度に入って、授業のたびに前日は毎回ほぼ徹夜で iMovie の映像を編集している。舞踊だけでなく、音が関わるパフォーマンスは、ピアノもオラトリオもオーケストラも、今となっては、その姿を見せながら説明するのが一番効果的だし、そのための素材が揃っ…

国家は面の支配を実現できない

SNSで広告以外に残っているのは草の根情報で、これを、国家の末端がいかにずさんであるかの現場報告とみなし、政権批判につなげるテンプレートがあるわけだが、軍事制圧であれ平時の行政施策であれ、通常、国民国家は面の支配ができないサイズで運営されてい…

今話題の反響室 (echo chamber) は共鳴箱とは別物です!

飯尾洋一さん、echo chamber は反響室で、オルゴールや音叉の振動を増幅する共鳴箱 resonance box ではありません。ソーシャルメディアが小さなメッセージを増幅するのが問題だと言っているのではなく、閉じた空間で織りなされる複雑な反響が問題になってお…

切断の作法

コミュニケーションの回路を切りたいときに、後腐れなくシャットダウンできる文章力があるかどうか。哲学者は一般に啖呵を切るのが下手だったりするのだろうか、と思う事例をみかけた。少なくとも、ニーチェは対話の切断が下手そうたよね。

ロマンティック・アイロニーとは無縁なクララ・シューマンの19世紀

クララ・シューマンの晩年の弟子 Adelina de Rala (1871-1961) の演奏やスピーチをYouTubeで発見した。(1951年生まれのシルヴァン・ギニヤールのお祖母さんはクララ・シューマンに教わったらしい、と、前に大井浩明に言ったら、「それ年代が合わんやろ」と…

見聞録

関西音楽新聞の最新号が届いて、今回から、というわけではないのかもしれないが、批評欄が「見聞録」という表記になっていることに気付く。興行の主催者が販売する入場券を消費者が購入した段階で売買契約が成立しており、その契約が興行という形で遂行され…

睡眠と覚醒

ヒューマニティーズは睡眠と覚醒を短い周期で繰り返すしかない、というのがクレーリー『24/7』のいわば生物学的前提だろうと思うが、リベラルアーツは冬眠ができる仕様なのだろうか。24/7 :眠らない社会作者: ジョナサン・クレーリー,岡田温司,石谷治寛出版…

「モオツアルト」再考

小林秀雄のモーツァルト論は、道頓堀で天啓のように交響曲40番の終楽章が聞こえて来る、という書き出しからして通俗だ、ということになっている。私もそう思っていた。「ニッポンの批評」のはじまりなのかもしれない柄谷行人、浅田彰、蓮實重彦、三浦雅士の…

ソナタ形式の理論

現行の通俗的なソナタ形式の理論は、ハイドンやベートーヴェンが預かり知らないところで後世19世紀以後の音楽愛好家や理論家が作りあげたもので、たとえば、そもそも18世紀末や19世紀初頭にはソナタの冒頭楽章の構成を「三つ部分」に分けて捉える考え方すら…

舞踊と文明

音楽学が万能ではないのは当然で、近代の作家作品研究は、ほぼ美術史の発想や方法を借りて整備されているし、このやり方では器楽の自立、いわゆる絶対音楽が有利になりすぎるという批判には、詩歌・演劇・物語を取り扱う文学研究を参考にして、歌やドラマや…

Robert le diable

名前は有名で、音源は前から持っているが、ようやく人に説明するときに使えそうな映像が見つかった。マイヤベーアのグラントペラは本当に復権しつつあるようですね。ただし今回は、オペラ史ではなく舞曲史・バレエの歴史の説明で使います。隔年開講の舞曲史…

落ち穂拾い

時間がないので、いくつかの思いつきを短くメモ。(1) ロジェストヴェンスキーのブルックナーブルックナーの5番を色々な演奏でまとめて聴く、ということをやるとしたら、シャルク版が面白かろうと思うのだが、どうして正面切って面白がる人がいないのだろう。…

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ここに来れば いつでも本当の自分になれる本当の仲間に会える世界最高品質のエコー・チェンバー...twitter powered by Google[追記]「真由子ブログ」が原点 “ブラック部活”と“やりがい搾取” | 文春オンライン高等教育も、「遊民的」に運営すると「やりがい搾…

留学のインセンティヴが乏しかった世代の不幸

1990年代に入って、大学院改革のまっただ中にいた大学生・大学院生たちは、その前の世代に比べて留学する者が少なかったように思う。専任教員になってからようやく在外研究の機会を得た人が、「幸運にも私が海外で知り得た事実を日本国内の一般大衆は知らな…

聴衆を急かす昨今のレセプショニストたちの反時代性

最近の音楽専用ホールでは、開演5分前にベルが鳴ると、レセプショニストたちが会場のあちこちで、開演したらすぐには会場に入れなくなるから急げ、と(まだ5分もあるのに)お客さんを急かす。路線バスでは車両が完全に止まってドアが開いてから席を立ちまし…

無音室と反響室

世界的な高度経済成長が一段落した20世紀の最後の30年、ジョン・ケージからサウンドスケープへ、という音のエコロジーの議論でケージの無音室体験が神話的に語られてきたわけだが、反響残響という現象に関する知見は、今では音楽専用ホールという窮屈な人工…

ヒューマニティーズとリベラル・アーツ

ある会社のAIが囲碁の対戦から撤退(「引退」と擬人化して言うべきか?)したあとも、人間は囲碁を打ち続けて、アルファ先生/マスター先生の着手は「新定石」に登録されて研究され続けるし、別の会社が囲碁AIを開発し続けたりすることだろう。懲りない人間…

婦人ピアニストの系譜

ポストモダニズムを物理学者がからかった90年代の事件と同じ次元で、2017年のフェミニズムへの悪戯に快哉を叫んでいいはずだ、という判断に私はどうにも同意できないのだが、いまのところ、これは直感的なことで、うまく説明できない。*鍵盤音楽史の授業で…

テクノロジーへの忠誠、あるいは、偶有的社会集団への無関心

手の付けられない幼児が大暴れするかのようにそれなりの存在意義のある社会集団を皮肉な物言いで引っかき回さなくても、「私はドイツ音楽史やビデオ・ゲーム業界からサンプル・データを収奪して表象文化論を鍛えることに生涯を捧げており、別にドイツ音楽や…

21世紀のニッポンのクラシック批評と作品解釈は社会構成主義への反動を目指すのか?

広瀬大介先生がご自身を「評論家」だと認識しているはずはない、批評を所望された場合には、音楽学者としての感想を述べるに留める、という括弧付きで仕事をしていらっしゃるのだろう、と思っていたので、ご自身の発言として、「批評の書き方」を開陳してお…

編集者という人生

学問への愛憎相半ばの心情を抱えながら大手出版社から独立しつつ吉田秀和の喪失を嘆く、というのは、要するにファザコンなんだろうなあと思う。別にいいけど。

「歩留まり」と「とかげのしっぽ」:研究の経済のために

ものづくりに関わる仕事をしている人たちは、投入した資金・人材・原材料を100%一切の無駄なく製品に変換する夢の工場など存在しないことを知っているから「歩留まり(率)」を組み込んで会社を経営しているはずだ。学問・研究も、先生たちの教室での授業を…

マゼッパとワルキューレが指し示すもうひとつの「音楽の国」

いまさらですが、リストの交響詩マゼッパとワーグナーのワルキューレの騎行は似てますよね。マゼッパはユゴーが歌いあげたコサックの英雄だから、今で言えば、もはや「ソ連」ではないウクライナの伝説の男。一方ワルキューレをワーグナーはドイツ・ゲルマン…

そこから利益を得る行為のいったい何がいけないのだろう?

「政治家と官僚がどちらが学問を食い物にするかで争っている」という表現を見かけたのだが、それを言うなら、大学教員もまた、学問で食っているのではないか。自分がそこから利益を得ていることが(山崎正和の采配で)公然化することとなった「サントリー学…

在日日本人の思想:人類学とジャパノロジーと知の経営

阪大の音楽学の講義をやる視聴覚教室は文法経講義棟の一番端にあって、渡り廊下の先は日本学の研究棟だった。小松和彦の授業を受けたが(『消えたヒッチハイカー』についてレポートを書くのが課題だった)、日本学にはなんとなくなじめず、「こっちは文化人…

ディレッタントの強み

たとえば川崎弘二の仕事は、「日本の電子音楽(の研究)って面白い、自分もやってみたい」と思わせる質と量を誇っているが、彼は本業を別に持つ日曜研究者だ。(彼を見いだした大谷能生もそうですね。他には、イタリアオペラ研究の水谷彰良のような人もいる…

山の頂を守る

微妙な距離にランダムに出現するのをいちいち相手にしていたらキリがないが、郡山の砦の跡に出たとあっては心穏やかではいられない。周囲を歩くと、西国街道の南側に位置する山頂から能勢のほうまでみわたすことができて、なるほどこういう場所に砦を構える…

楽劇と弦楽四重奏とオルガン

ところで、楽劇研究で名を成して最近は楽劇系シンフォニーにご執心の広瀬大介先生は、カルテットはどうなのだろう? 国際コンクールに一次予選からつきあって面白がることができる耳があるのだろうか? カルテットが開拓した四声体は、ブルックナーのような…