ソナタ形式の理論

現行の通俗的なソナタ形式の理論は、ハイドンやベートーヴェンが預かり知らないところで後世19世紀以後の音楽愛好家や理論家が作りあげたもので、たとえば、そもそも18世紀末や19世紀初頭にはソナタの冒頭楽章の構成を「三つ部分」に分けて捉える考え方すら…

舞踊と文明

音楽学が万能ではないのは当然で、近代の作家作品研究は、ほぼ美術史の発想や方法を借りて整備されているし、このやり方では器楽の自立、いわゆる絶対音楽が有利になりすぎるという批判には、詩歌・演劇・物語を取り扱う文学研究を参考にして、歌やドラマや…

Robert le diable

名前は有名で、音源は前から持っているが、ようやく人に説明するときに使えそうな映像が見つかった。マイヤベーアのグラントペラは本当に復権しつつあるようですね。ただし今回は、オペラ史ではなく舞曲史・バレエの歴史の説明で使います。隔年開講の舞曲史…

落ち穂拾い

時間がないので、いくつかの思いつきを短くメモ。(1) ロジェストヴェンスキーのブルックナーブルックナーの5番を色々な演奏でまとめて聴く、ということをやるとしたら、シャルク版が面白かろうと思うのだが、どうして正面切って面白がる人がいないのだろう。…

【広告】絶対仮想現実宣言【広告】

ここに来れば いつでも本当の自分になれる本当の仲間に会える世界最高品質のエコー・チェンバー...twitter powered by Google[追記]「真由子ブログ」が原点 “ブラック部活”と“やりがい搾取” | 文春オンライン高等教育も、「遊民的」に運営すると「やりがい搾…

留学のインセンティヴが乏しかった世代の不幸

1990年代に入って、大学院改革のまっただ中にいた大学生・大学院生たちは、その前の世代に比べて留学する者が少なかったように思う。専任教員になってからようやく在外研究の機会を得た人が、「幸運にも私が海外で知り得た事実を日本国内の一般大衆は知らな…

聴衆を急かす昨今のレセプショニストたちの反時代性

最近の音楽専用ホールでは、開演5分前にベルが鳴ると、レセプショニストたちが会場のあちこちで、開演したらすぐには会場に入れなくなるから急げ、と(まだ5分もあるのに)お客さんを急かす。路線バスでは車両が完全に止まってドアが開いてから席を立ちまし…

無音室と反響室

世界的な高度経済成長が一段落した20世紀の最後の30年、ジョン・ケージからサウンドスケープへ、という音のエコロジーの議論でケージの無音室体験が神話的に語られてきたわけだが、反響残響という現象に関する知見は、今では音楽専用ホールという窮屈な人工…

ヒューマニティーズとリベラル・アーツ

ある会社のAIが囲碁の対戦から撤退(「引退」と擬人化して言うべきか?)したあとも、人間は囲碁を打ち続けて、アルファ先生/マスター先生の着手は「新定石」に登録されて研究され続けるし、別の会社が囲碁AIを開発し続けたりすることだろう。懲りない人間…

婦人ピアニストの系譜

ポストモダニズムを物理学者がからかった90年代の事件と同じ次元で、2017年のフェミニズムへの悪戯に快哉を叫んでいいはずだ、という判断に私はどうにも同意できないのだが、いまのところ、これは直感的なことで、うまく説明できない。*鍵盤音楽史の授業で…

テクノロジーへの忠誠、あるいは、偶有的社会集団への無関心

手の付けられない幼児が大暴れするかのようにそれなりの存在意義のある社会集団を皮肉な物言いで引っかき回さなくても、「私はドイツ音楽史やビデオ・ゲーム業界からサンプル・データを収奪して表象文化論を鍛えることに生涯を捧げており、別にドイツ音楽や…

21世紀のニッポンのクラシック批評と作品解釈は社会構成主義への反動を目指すのか?

広瀬大介先生がご自身を「評論家」だと認識しているはずはない、批評を所望された場合には、音楽学者としての感想を述べるに留める、という括弧付きで仕事をしていらっしゃるのだろう、と思っていたので、ご自身の発言として、「批評の書き方」を開陳してお…

編集者という人生

学問への愛憎相半ばの心情を抱えながら大手出版社から独立しつつ吉田秀和の喪失を嘆く、というのは、要するにファザコンなんだろうなあと思う。別にいいけど。

「歩留まり」と「とかげのしっぽ」:研究の経済のために

ものづくりに関わる仕事をしている人たちは、投入した資金・人材・原材料を100%一切の無駄なく製品に変換する夢の工場など存在しないことを知っているから「歩留まり(率)」を組み込んで会社を経営しているはずだ。学問・研究も、先生たちの教室での授業を…

マゼッパとワルキューレが指し示すもうひとつの「音楽の国」

いまさらですが、リストの交響詩マゼッパとワーグナーのワルキューレの騎行は似てますよね。マゼッパはユゴーが歌いあげたコサックの英雄だから、今で言えば、もはや「ソ連」ではないウクライナの伝説の男。一方ワルキューレをワーグナーはドイツ・ゲルマン…

そこから利益を得る行為のいったい何がいけないのだろう?

「政治家と官僚がどちらが学問を食い物にするかで争っている」という表現を見かけたのだが、それを言うなら、大学教員もまた、学問で食っているのではないか。自分がそこから利益を得ていることが(山崎正和の采配で)公然化することとなった「サントリー学…

在日日本人の思想:人類学とジャパノロジーと知の経営

阪大の音楽学の講義をやる視聴覚教室は文法経講義棟の一番端にあって、渡り廊下の先は日本学の研究棟だった。小松和彦の授業を受けたが(『消えたヒッチハイカー』についてレポートを書くのが課題だった)、日本学にはなんとなくなじめず、「こっちは文化人…

ディレッタントの強み

たとえば川崎弘二の仕事は、「日本の電子音楽(の研究)って面白い、自分もやってみたい」と思わせる質と量を誇っているが、彼は本業を別に持つ日曜研究者だ。(彼を見いだした大谷能生もそうですね。他には、イタリアオペラ研究の水谷彰良のような人もいる…

山の頂を守る

微妙な距離にランダムに出現するのをいちいち相手にしていたらキリがないが、郡山の砦の跡に出たとあっては心穏やかではいられない。周囲を歩くと、西国街道の南側に位置する山頂から能勢のほうまでみわたすことができて、なるほどこういう場所に砦を構える…

楽劇と弦楽四重奏とオルガン

ところで、楽劇研究で名を成して最近は楽劇系シンフォニーにご執心の広瀬大介先生は、カルテットはどうなのだろう? 国際コンクールに一次予選からつきあって面白がることができる耳があるのだろうか? カルテットが開拓した四声体は、ブルックナーのような…

「音楽の国」で弦楽四重奏というゲームの会社をスタートアップする、ということ

http://yakupen.blog.so-net.ne.jp予選や本選の休憩中にいずみホールの喫煙ブースに行くと、京都で「エク」のお世話をしていらっしゃる奥様(面識はなく、口ぶりからそれとわかった)と一緒になってしまったりして、このコンクールは、「未來ある子供」を「…

ヨーロッパの民族音楽としてのピアノ音楽

鍵盤音楽史の授業でシューベルトの話をする回になって、恩師谷村晃が阪大の授業(「行進曲と子守歌」という題目の特殊講義だったかと思う)で使っていたバドゥラ=スコダとデームスの軍隊行進曲のレコード音源をネットで探したり、最近ではラ・フォル・ジュ…

ブルックナーのユニゾン:ひとつに重なることはそれほど感動的なのだろうか?

それぞれの団体やマネジメントが別個に計画したコンサートのスケジュールをグローバルな情報社会にふさわしくカレンダー上にマージすると、この週末のこの島はブルックナーの交響曲第5番を3〜4種類の演奏で聴くことができる特別な期間であったらしい。私は、…

ヴィオラの彼

今年は結局、弦楽四重奏の部しか行けなかったが、一次予選のヤナーチェクから、ヴィオラの彼が室内楽が好きすぎて女性3人を誘ったんだろうなあ、としか思えなかったアメリカのグループがどこまで行くのか、そこに注目しておりました。(選曲も、概してヴィオ…

コンテンツホルダーの威力

JASRACが京大に突撃した件は、式辞で総長が歌ったわけでもなく、ボブ・ディランのCDを流したわけでもないのに「音楽」著作権の管理団体が登場した点が異様に見える。ボブ・ディランの楽曲の権利を保有しているのがどういう団体で、その団体がどういう方針で…

エリート教育と依怙贔屓

一つ前のエントリーは、ざっくり言うと、エリート教育が誰かを依怙贔屓で特別扱いすることであってはならない、ということで、「個人利益」という言葉を文科省の役人が持ち出したのは、彼らなりの言葉遣いでそのことを指摘したわけだから、この文言に脊髄反…

Speciality という病:19世紀的な知の「特殊/一般」という対概念に固執する旧来の大学人の発想を日本的経営の「総合職/一般職」の区別に接ぎ木する日本的就職の不幸について

近代の学問には、それぞれの領域に固有なspecialityを見いだし、分野学科を分ける発想があるが、経済は、入門段階で比較優位という考え方が出てくるように、特殊と一般の区別にそこまで固執しない。つまり、価値の交換における分業は、特殊と一般の仕分けと…

カール・マリア・フォン・ウェーバーとチャイコフスキー

大阪フィルの定期でフェドセーエフがウェーバーの「オベロン」序曲、交響曲第1番とチャイコフスキーの交響曲第5番を演奏した。(私は都合で、初日に前半のウェーバーだけ聴いた。)ウェーバーの交響曲は、現在進行中の全集で既に新しい譜面が出ているはずだ…

自由意志

高いから買わない、はデフレスパイラルの典型的なマインドセット。高いけど、ここをこうしてあそこをああすればなんとかなる、を積み重ねるのが市場経済における自由意志ではないだろうか。俗世には拒否権以外の自由はない、というのでは、宗教家の形を変え…

予算申請書の「見込まれる成果」は実体のない美辞麗句ではない

科研費も公的予算の執行なので「見込まれる成果」を書く欄があるが、そこに書き連ねられた素晴らしい成果は、実現しているのだろうか? 「問題提起」を重視して、その成果の実現可能性の見積もりが甘くなっていることはないだろうか?現状では、多くの人文家…

揚げ足取りは個人利益以外の何の役に立つのか

大学関係者がネットでそこに脊髄反射で食いついたら、やっぱり個人利益じゃん、って思われて不毛だと思う。もはや読書ベースの教育は道徳的人格形成に役立たなくなっているではないか、ということになりそうだし。

人類愛を説得する

今年も授業でハイドン「天地創造」の話をせねばならない。去年はかなり丁寧に曲の成り立ちや台本・楽曲構成を説明したのだが、学生さんの食いつきがいまいちだったので、今年はできるだけ広く大きな文脈にこの曲を置いてみようと思う。ヘンデル「メサイア」…

制御された乱数

ポケモンGOは、リアルな地図(理念的には地表全体に広がり得るはずの)をサイコロに見立てるスロットマシンなわけですが、このスロットマシンが面白く遊べるのは、あらゆる可能性が等しく起こりうるようなエントロピー極大の状態にユーザーを突き放すのでは…

問題提起と問題解決

人文学は何の役に立つのか? - 道徳的動物日記答えをはぐらかすから人文は信用されないんじゃないか、という指摘は、一般化すると、問題の「提起」ばかりで問題の「解決」への道筋が見えない議論に、世間はうんざりしている、ということかと思う。有望な若手…

twitterの闇

それは、公的機関のうち在留外国人と関わりの深い部署は、日本を訪れる可能性の高い外国人が使用すると想定される世界中のあらゆる言語(もしくは主要言語)で応対できるべきである、という実現不可能だし、やらねばならないのか定かではない無茶な要求を掲…

『キーワードで読むオペラ/音楽劇研究ハンドブック』

(1) 384頁 第1段落6〜7行目: 清水脩が作曲した《修禅寺物語》である(放送初演はこの前年におこなわれていた)。 修禅寺物語の放送初演は、関西歌劇団による舞台初演(1954年11月6日)の直後、1954年11月18日(朝日放送、文部省芸術祭放送による参加)です…

予約席の取り扱い

あれはドイツ国内だけの決まりだったのかヨーロッパ(大陸?)の鉄道全般に通用したのか、そして今もDBはそういうルールが有効なのか、私はよく知らないけれど、留学していた1991/1992年のドイツの列車の座席の予約は、実際に列車が走り出して30分過ぎてもそ…

知と契約

書く時間がなかったが、遊牧と僧院の比喩の件には私なりの続きがある。知・学問が社会・共同体とは本質的に適合しない営みであり、だからこそ、外部へ出たり、山奥に引きこもるしかないのだ、という判断が、私には実はよく理解できない。むしろ、知や学問は…

熱狂の日をめぐる情熱と冷静

井上道義が、彼の預かり知らないところで金沢がLFJから外れることになったと書いているのを知り、大津のLFJに、当初はマルタンと並んで記者会見に臨んでいた沼尻竜典がある時期から参加しなくなったのとは、また違う事情があるのかな、と思った。もちろん具…

遊牧から僧院へ:創られた高等遊民神話の現在

80年代ニューアカ・ブームでは、スキゾの語とともに、「逃走」のシンボルとして遊牧・ノマドへの憧れが語られた。柄谷行人が垂直の形而上学ではなく水平・横断的な世俗批評を唱えたのもその文脈だろうし、サントリーがテレビCMにランボーを登場させたりした…

アジアの半島問題の歴史的深度

ATMを求めて連休の谷間にイオン・モールに行ったら、駅から続く歩行者専用道路を家族連れがのんびり歩いて、随分快適な空間であることに気付かされた。東浩紀は随分前からそう言っていたが、郊外のショッピングモールは、もはや「ファスト風土」というような…

お金と数字が他力本願な文系人のお務め

その1:大学改革が難しい理由 - みたにっき@はてな大学教員は自営業に喩えられると言うが、大学という施設の土地・建物・すべての資財と消耗品の維持管理費を含めた経理、監督官庁とのやりとり等を大学教員が個人がやっているのだろうか? 大学という法人…

問答無用な東国文化を柔らかい個人主義で論評する

山崎正和が、サントリー文化財団設立当時を回想して、当時の東大の先生たちの権威主義(目上の研究者を「先生」と呼ばずに「さん」付けすると烈火の如く怒る、とか、どこかで無礼者を問答無用に切り捨てる感じがあるわけですね)を指摘するのを読むと、彼が…

「ソ連はキモい」

都留重人の留学記には、1940年前後の留学中に、ハーヴァードの学生がソ連のことを「It's so weird.」といった、という話が出てくるらしい。山崎正和が1980年代の回想のなかで披露している話だが(オーラルヒストリー、220頁)、「ソ連はキモい」というのは、…

山崎正和

最初の章の満州時代でいきなり引き込まれて、まちきれないので、途中をとばして、阪大美学科ができた頃1970年代後半の章を読む。『演技する精神』は、阪大美学の演劇学普通講義をやりながらできた本だったと知る。(教科書に指定されていて、年度末にこの本…

リバーダンス以前

ビル・ウィーランが1994年のユーロ・ヴィジョンの River Dance でブレイクする13年前、1981年のユーロ・ヴィジョンで Time Dance というパフォーマンスの音楽を担当していたことを教えていただく。イメージとしてのケルト/アイルランドをバレエ風のステップ…

愛情の有効範囲

広瀬大介さんのお仕事は、ドイツ語とドイツ文学についてであれ、オペラについてであれ、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスについてであれ、対象への愛情を率直に表明する形になっているところが、美点でもあり、ときとして弱点に転じるのかなあ、と、傍…

80年代回顧

その1、軽やかに投げやりだったお気楽ニッポンhttps://www.youtube.com/watch?v=AlNmX5Y27vY&app=desktopその2、意外に骨格ががっちりしているジョン・ウィリアムズhttps://www.youtube.com/watch?v=9Rp4rLXbrDw

ドラクエの怪

佐村河内/新垣が騒ぎになったときに、吉松隆が「シリアスな芸術鑑賞とは別に、オーケストラ・サウンドの快楽に浸りたい欲望が広く薄く存在するのだ」と言って擁護していたが、芸術鑑賞ではないオーケストラ・コンサートの可能性に関心がある人は、ドラクエ…

計画立案

いつまでも気が若い中堅大学教員さんたちの言論は同じ所をグルグル回ってだんだん退屈になってきたし、ポケモンGOは♂♀ペアでだいたい揃ってやることがなくなってきたし、今年は演奏会に多めに行ければと思う。ここ数年で、日本のプロのオーケストラの定期演…