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歴史的総括

金融バブルの崩壊から東日本大震災までの日本の「失われた20年」(1991〜2011)は、文化の領域においては、無芸無才の庶民が公開されたルールに従う競技の成績に応じて社会的地位を付与される再配分の時代であり、このような競技が「キラキラ系」と呼称され…

メディア考古学

(九州人風のはったり話法は、また増田聡かよ、と思ったら吉田寛の発言だった。どっちがどっちだか次第にわからなくなるのは、何の兆候なのかしら。) 「VRの最大の特徴(あえて問題点とは言わない)は「その人が何を見ているのか、周りの人が分からない」こ…

時間芸術とタイムトライアル

ひとつ前のエントリーは、「受験勉強は、長文の論述問題(片山杜秀が日本史・世界史の入試問題に関する新書で取り扱ったような)を含めて、時間を区切って効率的なポイント・ゲットを競うタイムトライアルなのだから、幼稚園小学校から大学院まで、数度にわ…

傲慢と劣化 - 学位年齢の構造と、大学経理が現在の日本の学位を消耗品に計上する可能性について

吉田寛や増田聡は、不都合な指摘を受けると読者の関心を逸らすべく大急ぎで別の話題を書き込む、という作法が身についているようだが、こういう態度に対抗するときには、【拡散希望】というタグをつけて大騒ぎしたりして、明快な謝罪を引き出すまで頑張るの…

恥の多い人生

実務はからきしダメだが口数が多く何にでも絡みたがる大学教員と、万博立候補に至る実務は完璧だがアイデアゼロの役人は、どちらがより恥ずかしいか?こういうときに、50歩100歩、目くそ鼻くそ、というのだろう。両者がいがみ合うばかりで仲間割れしているの…

ゼロ年代の澱

吉田寛先生が、研究者としての立場・名声・業務形態が安定してやっとこれから、という態勢を整えたとたんに、身から出たさび、もしくは、否応なく染み出す澱のように、ゼロ年代ネット論壇の一番ダメな部分と言うべき詐欺的体質を twitter であらわにしつつあ…

あなたたちは「協賛」と「後援」の使い分けを知らないの? - 美学者の「籠池」的発想を憂う

吉田寛 Hiroshi YOSHIDA‏ @H_YOSHIDA_1973 14時間 責任者出てこいレベルだな、これ。 matsunaga s:3D @zmzizm あとは言っちゃいますが、加速のときに某B学会に協賛お願いしたら断られたみたいなのがあって、それで逆にやる気でたのはありますね コンサートの…

写真と音楽学といわゆる「遠近法的倒錯」のこと

楽譜の筆跡やインクの色に着目した「科学的」な楽譜校訂であるとか、そもそも、音楽文化における記譜・楽譜の意義であるとか、という議論も、対象は中世以来の写本等まで遡るけれど、おそらく「写真以後」の発想だろうから、音楽学は、録音技術や異文化との…

大阪の子供はどこにいるのか?

日曜日に新大阪に行く用事があったので、ついでに御堂筋/北大阪急行沿いの公園を回ってみた。千里まで行くと街の高齢化を実感せざるを得ないのだが(私が住んでいる団地も同じです)、梅田・新大阪からそれほど遠くないあたりは休日の親子連れや中高生がた…

大阪のメセナと公共の現在

びわ湖ホールの小菅優リサイタルの批評を京都新聞に、いずみホールのイザベル・ファウスト、ジャン=ギアン・ケラス、アレクサンドル・メルニコフの三重奏の批評を日経新聞大阪版に書きました。2016年度の終わりに、ここ数年の、いずみホールに代表される小…

大正区の昭和山と大阪の怪物たち

運河に囲まれた大正区は、大正時代に大阪市街地と結ぶ大正橋が敷設されて、この橋にちなんで大正区となったらしい。環状線駅は大正橋のそばで、大阪ドームができたりしてにぎやかだが、区役所は南にあって駅から市営バスが通っている。千島とよばれるそのあ…

逆説を弄ぶ者

(承前)あの審査委員が辞めてしまったために賞が取れなかった、という言い分も聞いたことがあります。こちらはあまり同情できる話ではありませんが。 そうですね。「渡辺裕が審査委員であるにもかかわらず、吉田寛はサントリー学芸賞を取れなかった」という…

びわ湖リングがはじまった

新国立劇場の2001〜2004年のニーベルンクの指輪は、「読み替え」の潮流がゼロ年代のクール・ジャパンと合流するキッチュな舞台で、「トウキョウ・リング」と呼ばれたりしていたが、びわ湖ホールが今年から4年がかりで取り組むことになっている指輪プロジェク…

日本人研究者の英語力を測る起点はどこなのか?

日本人研究者にとって英語力は必須だ、とか、研究者の英語力は確実に向上している、とか、実に不思議な議論があるようなのだが、「向上」の起点はどこなのだろう? 日本の近代の学問は、英語もしくは欧米語の読み書きができなければたちゆかないと観念して洋…

「新世界」と「俗謡」

かつて『音楽現代』に書いたことだが、私は、「新世界」交響曲でドヴォルザークはブラームスに見いだされて以来長らく封印していたプラハ時代のワグネリズム(生前に未出版だった第5番までの交響曲に認められるような)を別の形で再開したのではないかと思っ…

ビジネス街と「カワイイ」の相性

先日来、お昼休みのOLさんや夜10時前の会社帰りの初老の背広姿の男性が、大阪中央郵便局の跡地、西梅田スクエアに立ってスマホを凝視している。「カワイイ」を被せることでパチンコ的暇つぶしがパーソナルな隙間に入り込むことに成功しつつあるようにも見え…

5000分の1

確率が0.02パーセントだと言われたら猛然と5000回ルーレットをまわす。いや、5万回トライして10回ゲットを目指す。ゲームへの熱中に装填されているこの種の根性は、どういう名前が付いているのだろう?私にはそういう種類の根性はなさそうなのだが。

二本の足で立つ primates

Western primatology stems primarily from research by North American and European scientists. Early primate study focused primarily in medical research, but some scientists also conducted "civilizing" experiments on chimpanzees in order to …

情報は足で稼ぐ

阪急宝塚線から見えるこの野球場は、第1回と第2回の全国中等学校優勝野球大会が開催された豊中球場(そもそも場所が別で現存せず、今はメモリアルパークになっているらしい)ではない。きれいに整備されて、伊丹空港A滑走路に着陸する中小型旅客機が良い感じ…

音楽の出演料と著作権

「作曲者」に認定されないミュージシャンは著作権料の恩恵にあずかることができないから不平等だ、という議論をポピュラー音楽学者が仕掛けているようだが、プレイヤーは出演するごとにギャラが入るんじゃないの? 楽譜を準備した者は、プレイヤーと違って演…

♀の進化、性徴とクール・ジャパンの感性学

♀のピチューを進化させたら、ピカチューもライチュウも尻尾の先が尖っていない。 属性で外見を変える実装。今もこの種は先進的(は言い過ぎかもしれないが、十分現役)であるようだ。*マンガ、アニメ、ビデオゲームはニッポンの戦後的価値観の最良の部分の…

お笑いジョウト

落語家風に正座するキャラクターが関西テレビの周囲に多く出現しているが、ハリセンは確定申告で税務署へ行く途中に、嘉門達夫の実家の近所で見つけた。そのあと、マンタが出たようなので旧茨木川跡の散歩道(ここを歩くのは高校3年の妙見夜行登山以来では…

sports は何がどのように desportare なのか

スポーツはビデオゲームに先駆けて随分前から大学にポストを確保しているし、メディア・イベントとしての隆盛を受けて、スポーツ(自ら競技しない観戦を含む)の社会学もさかんなようだ。遊びの社会学の井上俊先生が武道とスポーツの社会学に進んだのがその…

競技音楽の時代

ゲーミフィケーションというキラキラ用語で言われていることを、game という言葉を外して言い直すとどうなるかの一例だが、ここ数年の日本のクラシック音楽で何が起きているかというと……、補助金漬けの体質を脱して自活せよ、という明示的・暗黙的な大号令が…

脱・序曲

今度の大河ドラマのテーマ音楽は、シリアス音楽の作曲家たちが映画音楽の応用で踏襲してきた「序曲」の文法をすっかり外してしまったんですね。ブラスの盛り上げ方は吹奏楽っぽい。菅野よう子か。

自己模倣と革命歌の引用

ショスタコーヴィチの交響曲第12番は第5番の焼き直しのような自己模倣。第5番自体がベートーヴェンとチャイコフスキーを掛け合わせた一種のパロディなのだからコピーにコピーを重ねて、ストーリー展開はスムーズだし、能力のある作曲家が12曲も交響曲を書い…

ゲームと競技、ゲームと科学、ゲームと経済……

英語のように play と game を区別する言語は他に見当たらない、という意見があるようなのだが、日本語の競技・競争に相当する言葉を多くの言語に見つけることができるのではないだろうか。だから、英語の特徴は、遊びとゲームを区別することにあるというよ…

「大英帝国2.0」の euphonia と性差

拡張現実がピンク色に染まるところまでは、日本産のキャラクターをこのように意味づける21世紀のオリエンタリズムが発現した(=ジャパニメーション/クール・ジャパンは21世紀のグローバル情報社会における新種のエロチシズムだよね)ということでいいとし…

憂国のようなもの

山田和樹が本気で取り組むとしたら柴田南雄だろうとは思うけれど、柴田南雄によって代表される文化や地域というのがあるとしたら、それはあまり幸福な共同体ではないかもしれないなあと思う。*柴田南雄は作曲家としても音楽学者としても一流であった、と留…

プッチーニと三木佐助と日本音楽の五線採譜史

「蝶々夫人」はカルスタ・ポスコロの恰好の題材で、ロティ「お菊さん」やオペラ「ミカド」などを参照しながらロングの小説、これにもとづくベラスコの戯曲(これをプッチーニはロンドンで観た)を読むのが流行っているが、「蝶々夫人」が、宮さん宮さんやお…

好奇心

その1:春先に何度か通ったはずだと思い、写真を探したらあった。市議会議員さんが国からの売買契約の情報開示を求めた土地の上空を飛ぶANAのボーイング767。exif情報によると、2016年4月26日14:55。着工前ですね。その2:2匹目が誕生したので、ピカチュウ…

有袋類?

イベントといわれると乗せられてしまう。

商業誌の記事を個人サイトが先行無料配信する

東条は、個人サイトとは「別稿」を雑誌に売る、というのを面倒になってやめてしまったようだが、こういう自堕落なやりたい放題を放置して、『音楽の友』はどこへ向かっているのだろう。東条は日本のトランプなのか?

リバーダンスのヘクサメーター

楽譜をはじめて見たのだが、デュオのところは 6/8 と 4/4 が交替する変拍子。 -uu -uu | -u -u -u -u | -uu -uu | -u -u -u -u | -uu -uu | -u -u -u -u | そしてフレーズの最後だけ 6/8 + 6/8 + 4/8 に変わって、 -uu -uu | -uu -uu | -u -u | つかめそうで…

ジャコパス

10数年前にジャズのライブによく通った時期があるが、それは個人的なきっかけからのことで、岡田暁生と張り合おうとしたわけではないし、ちょうど『憂鬱と官能を教えた学校』が刊行された頃だが、この本を読んだのは少しあとだったように記憶する。(岡田暁…

1943年のブルース行進曲と1981年の盗賊行進曲

サミー・ネスティコの周辺を調べていたら、ジョン・ウィリアムズまで話がつながってしまった。*ジャズの解説には、カウント・ベイシー楽団のアレンジャー、サミー・ネスティコが空軍バンド(US Air Force Band)出身だ、としか書いていないが、それじゃあ、…

クワイン登場

認識論と論理学を鍛え直そうとすると数学基礎論を参照することになって、その先で知覚の心理学に逢着せざるを得ない。そういうストーリーでクワインが登場した。知識の哲学 (哲学教科書シリーズ)作者: 戸田山和久出版社/メーカー: 産業図書発売日: 2002/06/2…

サミー・ネスティコ

コモンウェルス・ヴァージニアの地図上の位置を確認して、次はサミー・ネスティコである。ビバップからクールの50年代に低迷したカウント・ベイシーがクインシー・ジョーンズらをアレンジャーに迎えて60年代に復活して、その流れで空軍バンドからスカウトさ…

コモンウェルス・ヴァージニア

NHKのお昼のニュースが、大統領令差し止めを受けて「南部ヴァージニア」の動向を取材して、大統領はいま「南部フロリダ」の自宅にいると報じていた。ヴァージニアは確かに南北戦争で南軍についた激戦地だそうだけれど、川を挟んでワシンドンD.C.に接している…

琵琶湖

琵琶湖ホテルの前からiPhoneのパノラマで撮ってみた。湖畔に音楽ホールがあって、年に数回ずつこの景色を眺めることができるのは有り難いことです。(今日の小菅優のリサイタルも、後半は、武満徹「雨の樹I, II」「エステ荘の噴水」「イゾルデの愛の死」と水…

三角形は固いのか? ステレオフォンと3Dモデリングのアポリア

淀川河川敷を iPhone のパノラマで撮るのがあまりにも面白かったので、少し考えてみた。*大栗裕が遺したオープリンルテープのモノラル録音を整理したり、BT無線イヤフォン(片耳)を便利に使っているうちに、「ステレオシステム」は聴覚体験として自然とい…

アイデアの枯渇

全共闘がベトナム戦争反対のスローガンをもちだして延命した50年前の「成功事例」(なのか?)に倣って、SEALDs的な「運動」を反トランプで延命させようと考える人たちがいる、という理解でいいのだろうか。20世紀的な既成素材の「分析・編集・反復」にしか…

ケルトの深度

リバーダンスの発端になった1994年の7分間のパフォーマンスの映像を見た。ダンス・コンテストのテレビ中継が世界的なヒットの発端だったんですね。短い20世紀がバレエ・リュスの「春の祭典」ではじまったとしたら、21世紀はリバーダンスで幕を開けた、と言え…

大阪の「外陸」部

地形を語るときに山側を「内陸部」と言うけれど、70年代以後の宅地開発は、海に面した都市を「外」へ開く意識があったんじゃないだろうか。下関から大陸につながっていた瀬戸内海の交易ルートのドンつまりの大阪の場合、とりわけ、その感じが強いように思う…

淀川という大きな裂け目

東の上流にJR東海道線の上淀川橋梁、西の下流に阪急電車の新淀川橋梁を望む新御堂筋・新淀川大橋あたりの堤防から梅田のビル街を眺める。河口から8.0kmの距離標まで来ると、左に新御堂、右に阪急、正面に大阪駅ビル、川面も見える。最寄りの南方駅と新大阪駅…

比喩が成り立たない世界に背を向ける者

岡田暁生のメロドラマ論は、メロドラマ様式のオペラのヒロインたちの生き様を「まるで宗教的カリスマ(巫女)のようだ」、「まるで芸能界のようだ」と言うが、大栗裕の仏教洋楽のことを調べて、来年はミュージカルの歴史を授業で担当する立場になると、この…

聴覚文化の疲弊と視覚文化の未成熟

20世紀は「言語論的転回」を達成した記号の時代であった、という言い方があるけれど、その実体は、文字によるコミュニケーションがコモディティ化して、もはや文化・文明における特権的な位置を占めるものではなくなった、ということに過ぎないかもしれない…

情報理論的な知と情報器機の利便性の混同

科学的推論に、「信念」(私はしかるべき経験からこれを信頼する)という内在的基礎付けの堂々巡りから抜け出す外在的な基礎付けを与えようとする試みのひとつとして、「信頼性」を情報理論的に定義する動きがあったことを知る。シャノンの通信をめぐる理論…

変数Xの消失

ギリシャ古典(翻訳だけど)を本棚の左上に置くと収まりが良かったので、そこから順に、文学、視覚文化(美術・マンガ・ゲーム)、演劇、放送・マスメディアとジャンル分けして、歴史・哲学関係は文学のつづき、社会科学は放送・マスメディアの続き、科学数…

辺境と交易

人類の記号操作において、韻文と物語、二次元・三次元の図像・造形、演劇等が長い伝統をもつ古典を形成するのに比べて、マンガやアニメーションが周縁的であったり、文化的な価値を認定されるのが遅れた後発であったりするのは確かだろうし、文化と呼ばれる…