大植英次バイロイト音楽祭記者会見

*追記あり

午前11時、リーガ・ロイヤルホテル。ドイツから帰国直後の大植英次氏による記者会見にご招待いただきました。

会見内容は多岐に及びましたが、バイロイト出演が今年かぎりになったことについての直接的な説明は、次のようなものでした。

当初の契約に期限は設けられていない。

今回の「トリスタンとイゾルデ」の演出は哲学的だった。歌手も不慣れで、力を出しすぎて、無理をしたところがある。私(大植)の音楽作りもpassionateだった。

最終的に慣れてきたが、総監督との最後の会談で、以下のような話があった。

  • Eijiとは長い付き合いをしたい。将来、力を発揮できる機会を用意したい。
  • 来年は、「指輪」新演出に注力する年である。「トリスタン」は、経験豊富なシュナイダーでプロダクションを落ち着かせたい。「トリスタン」上演のない再来年は「マイスタージンガー」新演出に注力する年である。機会はその先ということになる。

(以下、追記 8月30日)

記者会見での、その他のやり取り。

<今回の「トリスタン」について>

  • 今回の演出は伏線(Subtext)があまりに多く難しい話だった。プローベでも戸惑いがあり、幕は開くのか、という不安もあった。
  • オーケストラを極力抑えるように努めなければならなかった。バイロイトで長年弾いている楽員から、「今までこんなに抑えたことはない」との反論もあったが、客席でバランスをチェックする総監督からも、オケをさらに抑えるようにとの指示が飛んだ。

<批評について>

  • 批評は気にしています。一切無視などということはない。特にFAZは、私がやりたいことを言い当ててくれた上での批評と受け止めた。ドイツ以外の評価は良かったが、ドイツ国内の批評が厳しかった。

<初日のあと計6回の公演を重ねて変化したこと>

  • 初日には独特の緊張感がある。回を重ねるごとに雰囲気が落ち着いてくる。哲学的な演出の伏線が次第に読めてくるし、オーケストラも、ただ音量を抑えるだけではない表現法のコツがつかめてくる。

<バイロイトでの一番の試練は?>

  • 午後4時開演、午後10時終了というスケジュールで、いつ食事を取ればよいのか、ということ。これは、バイロイトにしかないことではないか。どうコンディションをもっていくか、体作りに苦労した。

<一番うれしかったことは?>

  • これまで経験したことがなかったことだが、たくさんの差し入れがあった。レトルトの日本食など(と実物を掲げながら説明)。
  • 初日の幕切れ、最後の音を保持して(初日は舞台の幕がなかなか閉まらないアクシデントがあった)、休止。フライングの拍手(すぐに止んだ)に動じることなく、そのままの姿勢で静寂の「間(ま)」をかみめる数秒は最高に幸せだった。

<イゾルデ役Nina Stemmeについて>

  • 確執が伝えられたがそんなことはない。彼女は信念が強い、いわば「怪物」。将来はニルソンのように大成するのではないか。信念に反することには反発するが、最後は納得して、思い切り声を出してくれた。
  • 私は、歌手の難しいのはこれまでも経験している。歌手たちの良い雰囲気作りが大切。当初、偉大な歌手たちが集まるバイロイトは、何もしなくても大丈夫かと思ったが、それぞれの主張のなかを取るように、指揮者が積極的に介入すべきだとわかった。

<シンフォニー指揮者は、皆、オペラの経験を積むのに苦労しているようだが?>

  • オペラは時間がかかる。1ヶ月、2ヶ月スケジュールを空けなければならない。今後、日程を調整して、経験を積んでいく。
  • バイロイトに出演した5人の指揮者が集まった席で、「バイロイトは他所で100回やっても通じない特別なところだ」と言われた。この経験は財産だ。また、この世代でオペラに取り組む指揮者として、ともに頑張ろうとも励まされた。
  • これからは、時間をかけて、クオリティのある仕事を増やしていきたい。オペラと言っても、ぶっつけ本番というのは、なるべくしないようにしたい。

<大フィルのメンバーに今回の経験をどのように報告しますか?>

  • 大阪のファンからのメッセージは励みになった。また、大フィルから、全員の署名入りの大きな太鼓がホテルに届いた。毎日、この太鼓(応援太鼓?)を叩いてからリハーサル、本番に臨みました。
  • ドイツのオーケストラの音については、これまでも一定のイメージがあった。しかし、バイロイトのオケを指揮して、これが本当のドイツの音だと思った。バイロイトのオーケストラは、少しでも納得できないところがあると、練習で先に進ませてくれない。音の響きととても大切にしている。この音は私の体の中に入っていると思う。「バイロイトではこうだった」と大フィルに押し付けはしないし、そういうものではない。私の中からにじみでるものがあるだろう。9月の(厳密に言えば、ドイツ音楽というべきではないかもしれないが)マーラーの3番から、新しい大フィルの一歩を作れるかなと思う。

<大フィルで「トリスタン」の可能性は?>

  • 可能性は大いにある。全3幕という形になるかはわからないが、是非やりたい。

<バイロイト出演の前後でのワーグナー観の変化>

  • もともとワーグナーは非常に尊敬する作曲家。尊敬度は今も変わらない。ただし、信じられない音楽を、信じられないオーケストラでやると、深さがどんどん深まっていく。偉大な作曲家はワーグナーだけではない。モーツァルトもベートーヴェンも偉大だが、今、ワーグナーは別格、特別な作曲家ではないかと思える。バイロイトへ行き、作曲家ワーグナーだけではない、人間ワーグナーの偉大さが見えてきた。大きな夢をもって、夢を現実にして、作り上げた人だ。あの時代によくあそこまで、よくぞ、あの時代にこれだけのものを作ってくれた。また、ワーグナー家が、よくぞこれまで守ってくれた。そのことは尊敬するし、何らかの形で助けたい、支えたい。

<故バーンスタインに今回のバイロイトをどのように報告しますか?>

  • まず、このすばらしい音楽を教えてくれてありがとう、と言いたい。バーンスタインは、きっと「Eiji、思い切りできたか?」と聞くと思うので、「できた」と答えたい。彼のおかげで今日がある。
  • バーンスタイン家から、2日目に花束が届いた。初日の成功おめでとう、ということだと思う。バーンスタインは、亡くなった年、90年の春にバイロイトを訪れて、中を特別に開けてもらい、見て、帰ったそうだ。バイロイトでそのように聞いた。