大阪シンフォニカー交響楽団第20回いずみホール定期演奏会

「朝日新聞」の批評欄などでもご活躍のバルトーク研究家、伊東信宏さん(阪大の先輩……)が、数年前ザ・フェニックスホールで、堺市の山本宣夫さんのコレクションなどをベースに、クリストフォリのレプリカからコンピュータ制御の試みまで、ピアノの300年の歴史を振り返る足かけ3年全8回のレクチャーコンサート「ピアノはいつピアノになったか」というのをやったことがありました。

(このシリーズについては、5回目が終わったところで、『音楽現代』にレポートを書きました=『音楽現代』2004年6月号、184頁。)

この時の一番のメッセージは、ピアノという楽器が、決して最初から今のような「真っ黒で巨大な機械」だったわけではない、ということだったと思います。

たぶん、同じようなことはオーケストラにも言えると思います。

百人近い黒づくめの人間が舞台上にひしめいて、淡々と楽器を演奏するだけの二時間(しかも、客席で所定のタイミング以外で拍手したり音を立てると、犯罪者のように怒られてしまう^^;;)というのは、冷静に考えると、かなり異様なことですし……、

中心に指揮者がいて、編成は弦楽器・木管楽器……といくつかの「事業部」に分かれて、それが各楽器のパートに分かれて、その中にも「第一奏者」「第二奏者」の分担があって……というヒエラルキー構造は、ちょっと大企業に似ている感じ。

一方、屋根裏でホコリをかぶっていた楽器の修復からはじまって、図書館の片隅の楽譜を発掘して、演奏法を試行錯誤して、徐々に人と楽器を揃えて……という古楽器運動は、ボトムアップのスタイルで、ガレージからスタートアップしたベンチャー企業風かもしれません。

(来日にあわせて出版されたウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのこのインタビュー集は、そのあたりの具体的な話満載で面白い本でした。)

アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクス―世界一風変わりなウィーン人たち

アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクス―世界一風変わりなウィーン人たち

  • 作者: モーニカメルトル,ミラントゥルコヴィッチ,臼井伸二,石川桂子,蔵原順子
  • 出版社/メーカー: アルファベータ
  • 発売日: 2006/10/06
  • メディア: 単行本
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最近になって、伝統と格式のある巨大オーケストラが、ピリオド奏法とか、小編成への取り組みとか、古楽器の成果を意識せざるを得なくなっているのは、IT業界を「あちら側」と「こちら側」という寓話にまとめた「ウェブ進化論」がベストセラーになるのと、まさに同時代の現象かもしれませんね。

例えば、大ホール(関西で言えばザ・シンフォニーホールとか)で行われる「定期演奏会」こそがオーケストラのメインイベント。小ホールの公演や、練習場等のコミュニティ・コンサートは「オマケ」みたいに思うのは、「こちら側」の既存エスタブリッシュメントの思いこみかも。

Web2.0の「ロングテール」のお話ではないですが、オーケストラの歴史を考えてみても、後期ロマン派大編成交響曲みたいな「恐竜の頭」だけでなく、バロック・古典派や、20世紀の小編成室内オーケストラみたいな、従来「恐竜のしっぽ」と脇に追いやられていたジャンルを掘り起こすべき、という立論がありうるかも知れません……。

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朝比奈隆さんがそういう「チマチマした」活動に全然関心がなかったせいか(と伝え聞いています、いずみホールでブラームスの1番とかを悠然と大音響で鳴らしていらっしゃいましたね)、大フィルはいずみホールでの存在感が薄くて、

逆に、関西フィルと大阪シンフォニカーは、毎年、このホールに合わせた企画を工夫している印象があります。

シンフォニカーのいずみホール公演は、すべて、ミュージックアドバイザー券首席指揮者の大山平一郎さんが担当して、今年はモーツァルト。来年度は20世紀の室内オーケストラ作品集。派手にキャッチコピーを打ち上げる関西フィルに比べると目立たない印象がありますが、とても筋の良いプログラムだと思います。本気を感じる内容。

今回はそのモーツァルト・シリーズの最終回でした。

(昨年12月のシリーズ第3回については、日経に演奏評を書きました=『日本経済新聞』大阪本社夕刊、2006年12月13日、24頁。)

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  • 「イドメネオ」序曲
  • ヴァイオリン協奏曲
  • 交響曲第40番

(指揮:大山平一郎、ヴァイオリン:四方恭子)

後半の40番は集中した良い演奏でした。透明感のある整理されたアンサンブルで、弦楽器が丁寧に息の長いフレーズを作って、モーツァルトの短調の凄みのある表情も、力で押すのではなくて、ボーイングの工夫で音色を変えて表現するスタイル。この感じは、最近の大山&シンフォニカーではおなじみですが、木管が軽く舞い上がるようなタッチでコンパクトにまとまっていたのが、かなり頑張った成果なんじゃないかなと思いました。

ただ、前半はかなりどんよりした印象でした。ピッチも悪いし、ひょっとすると、40番に時間をかけて、こちらまで手が回らなかったのかも……。

ヴァイオリンの四方さんは、非常に正確なのですが、一本調子で、どういう風に作りたかったのかわからずじまいで残念。

大山さんは、率直に言ってそれほど見栄えの良い指揮姿ではなく、指揮台上を忙しく動き回ってアンサンブルに気を遣い続けて、こだわりの強い人なのだろうと思います。まんべんなく、全部の曲をそれなりにまとめる、とか、どんなソリストともそれなりに上手くやっていく、とか、そういうタイプではないのかもしれません。

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関西フィルとシンフォニカーは、演奏の技量がイマイチというイメージが長く固定していたところがあって……、

関西フィルはそこを企画力でカヴァーして、「ヘタクソだけど元気一杯の熱い演奏」という路線。いわゆる「関西人」のイメージともマッチしていますし、ちょっと朝比奈時代の大フィルを彷彿とさせるところもあって、人気が出やすい、話題にのりやすいスタイルだと思います。

シンフォニカーは、大山平一郎(首席指揮者)、寺岡清高(正指揮者)、ウラディーミル・ヴァーレク(首席客演指揮者)の体制になってから、弦楽合奏主体の古典でアンサンブルの土台を作るというような「地味だけれど良心的」な団体に変わってきました。

まじめな分、今回の前半みたいに、作り込めなかった例を聴いてしまうと「やっぱりこんなものか」的に思われて損をしかねないスタイルですが、いわゆる「玄人受けが良い」というか、こまめに演奏会に通っている人の間で、じわじわ評価が上がっているように思います。

「ゴチャゴチャ言わずに、スパっと結果を出さんか!」という、一昔前のワンマン社長気質の人(笑)には、朝比奈・大フィルとか、今の関西フィルとかの方が好まれそうですし、

そういう「オッサン」ノリじゃないと関西ではやっていけない、といった固定観念がまだありそうですが……、

だからこそ、シンフォニカーがどこまでやれるのか、応援したいと思っています。

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ちなみに、関西フィルと大阪シンフォニカーはそんなに違うの?と思われた方は、CDで聞き比べてみるといいかもしれません。

関西フィルのシベリウスは、いずみホールで多少音が濁ってもノリで押していく演奏。最後まで気持ちが切れていないし、決して、乱暴に吹きまくり、というわけではないですが。

(このCDについては、『音楽現代』2006年9月号にCD評を書きました。)


シベリウス:交響曲第2番 [関西フィル/ライヴシリーズ2]

シベリウス:交響曲第2番 [関西フィル/ライヴシリーズ2]

  • アーティスト: 関西フィルハーモニー管弦楽団,シベリウス/エルガー,藤岡幸夫
  • 出版社/メーカー: ALM RECORDS
  • 発売日: 2006/07/07
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大阪シンフォニカーのブラームス全集は、大山(第1、4番)=やや凝りすぎ気味、寺岡(第2番)=若くて細部の詰めが甘いかも、ヴァーレク(第3番)=手堅い職人の仕事といった三人の指揮者の違いも感じられて、全体を通して、かなり安定した演奏と言えるのではないかと私は思っているのですが、どうでしょう。

ブラームス:交響曲全集

ブラームス:交響曲全集

  • アーティスト: 大阪シンフォニカー交響楽団,ブラームス,メイ,大山平一郎,寺岡清高,ヴァーレック(ウラディーミル)
  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • 発売日: 2006/05/24
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