今日は、原稿の合間に書ける、ふと思いついた軽い話。
どこで見つけたのか記憶が定かではないのですが、「アーノンクールは古楽界のトスカニーニ、ブリュッヘンは古楽界のフルトヴェングラー」というような指揮者評を少し前に見かけました。
個人的には、「アーノンクールはゴダールに似ている」と頑なに思いこんでいるのですが(一方はウィーン貴族の末裔、他方はスイスの銀行家の息子という「上流階級」っぽさがそこはかとなくにじみ出ているところと、50年代に活動を始めて半世紀経た21世紀にも現役でまったく「円熟」しそうにないところ、くらいしか共通点がないにもかかわらず……)、
「トスカニーニvsフルトヴェングラー」という対比は、久しぶりに目にして、ちょっと懐かしい気がしてしまいました。
子供の頃読んだ音楽雑誌などでは、「トスカニーニ=新即物主義」ということでほぼ見方が固定していて、一方のフルトヴェングラーは、最後のロマンチストだ、とか、そうではなくて、いまなお古びない未曾有のスタイルなのだ、とか、熱心に語られていたのを覚えています。
にわかに言語化できないフルトヴェングラー・パワーのほうが、頑固一徹の職人トスカニーニより人気者の印象でしたね。ブリュッヘンとアーノンクールも、やっぱりそんな感じなのでしょうか。
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ただ、今思うと、イタリア人トスカニーニに、「新即物主義」という20世紀ドイツ生まれの言葉をかぶせてしまうのは、ちょっとお門違いだったかもしれませんね。
トスカニーニが、「オテロ」の初演にチェリストとして参加してヴェルディと知り合ったという有名な逸話がありますが、ヴェルディやプッチーニが生きていた時代のスカラ座の指揮者ってすごいポジションですよね。将来を嘱望されて、歌舞伎の大名跡の家に養子に迎えられたようなものだったんじゃないでしょうか。ゆくゆくは○○代目団十郎が約束されている、みたいな。(オペラは1600年頃=出雲の阿国の時代の成立で、歌舞伎とほぼ同じくらいの歴史がありますし……。)
で、あの人の「アレグロ・コン・ブリオ」というのは、いわゆる新即物主義というよりヴェルディのテンポ=「椿姫」第1幕のアルフレッドの純情そうにみえて手が早いナンパ術。あっという間にヴィオレッタに自己アピールして、部屋に潜り込んでしまう、イタリア男の手際の良さなのではないかと思ってしまいます。
(「椿姫」のデュマの原作は一年間声をかけられなかった純情で不器用な男の設定ですけれど、オペラ版の音楽とアルフレードの素速い行動力、押して押して押しまくるテンペラメントは、ほとんどイタリア人ですよね。ゼフィレッリのオペラ映画でドミンゴが演じているのを見て以来、私には、アルフレードはイタリアの「秒殺ナンパ師」だとしか思えないのです……。若手歌舞伎俳優はモテる、それが「純愛」のイタリア的解釈なのであろう、と。)
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一方、フルトヴェングラーがベルリン・フィル史上最も尊敬されている指揮者だと言っても、ベルリン・フィルの歴史は百年ちょっと、ウィーン・フィルでも百五十年ちょっとの歴史しかないわけで、オペラが生まれたころには、まだどちらも影も形もない……(ウィーンもベルリンも、半分東欧と言っていいようなはるか東方の町ですし)。イタリア・オペラが歌舞伎だとしたら、シンフォニー・オーケストラは、明治時代に生まれた新劇、坪内逍遥や小山内薫みたいなものかもしれません。
だから、「トスカニーニvsフルトヴェングラー」というのは、イタリア・オペラとドイツの交響曲はどっちが上か、とか、歌舞伎と新劇のどっちが優れているか、と議論しているようなもので、人それぞれ好き嫌いはあるだろうけれど、いくらなんでも背負っている歴史や文化が違いすぎる話だったんだなあ、と、今はそう思います。
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あと、ドイツは、ワーグナー(バイロイト)のおかげで「オペラの本場」の一翼を担っているような印象ではありますが、やっぱりあれは、「交響曲の国」が作り出したオペラの亜種みたいなもので……、ドイツが各地で頑張って歌劇場を運営しているのも、どことなくオペラ先進国イタリアへのコンプレックスの裏返し、ちょうど、アメリカの名門オーケストラがヨーロッパの大物指揮者を次々招聘する(した?)のに似た心理が働いている気がします。
(そういえば、アメリカについて言うと、米国の初期レコード産業が生み出したクラシック界の二大ドル箱スターは、ロシア貴族の末裔ラフマニノフと、スカラ座引退後のトスカニーニですよね。で、遅れてロシアからやってきたラフマニノフの後輩ホロヴィッツは、トスカニーニの娘さんと結婚して最強・空前絶後の存在になる。逆に、アメリカ人初のスター指揮者バーンスタインはロシア系で、スカラ座のマリア・カラスとの共演で一挙に名を挙げたわけですし、新大陸における「ブランド力」(と政治力?)は、イタリアとロシアがドイツを圧倒している(いた)のかもしれませんね。メトにはロシアのシャガールが描いた壁画もあるらしいですし……。)
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……と考えていくと、アーノンクールは「京都賞」をもらってサマになってしまうようなところ、損得抜きで良い仕事をする職人のようでいながらも、意外に世俗的な栄華が似合ってしまう、そういうところを含めてトスカニーニっぽいということになるのでしょうか……?
(ゴダールも日本で宮様の御名前を冠した賞を受けたそうですが……、アーノンクール=ゴダール説は……、まあ、どうでもいいですね。)