「音楽を考える2009 音楽と映像」(3) 映画の効果音に耳を澄まし、時代劇映画の日本語を聴く

話した内容をリライトしている時間がなくなってきたので、レジュメをそのまま出します。

「映画の音楽」というときに、いわゆる「映画音楽」だけを扱うのが不満で、サウンドトラックに入っている音を極力全部対象にして授業を進めたいと思っていました。

話の流れとしては、前回のミュージカル映画考(http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20090524/p1)の最後に書いたこと=「映画では、立派な曲を書く作曲家さまより、それにあわせて踊る役者が偉い」を受けて、スタッフのチームワークで作られる効果音の話をして、さらに、台詞回しを音楽として聴いてみる、というところへ進んでいます。

授業4回分。

1回目は、いわゆるSE、音響効果の面白さを西部劇とヒッチコックの「裏窓」で確認。

2回目と3回目は、台詞回しのリズム・抑揚の広い意味での「音楽的」な面白さを整理したくて、日本の時代劇を、演劇や語り物と関連づけながら観ました。

(岡田暁生さんが「音楽の聴き方」で「金色夜叉」熱海の場を引き合いにだして書いていることと、入口は近いですが、「文法」の話は出てこず、たどりついたところは、ずいぶん違ってしまったようです。)

4回目は、2,3回目の時代劇考の補足で、邦楽器の効果に着目しながら、深井史郎と早坂文雄が音楽を担当した溝口作品や「大菩薩峠」のお話。(本当は「心中天網島」の武満徹の音作りの話もしたかったのですが時間切れ。)

●レジュメその1:創られたリアリティ、スタジオ撮影における音響効果

  • ハリウッド映画の多くはスタジオ撮影 → 必要な音を「作る」必要 *映画は撮影所スタッフのチームワークで作られる。
  • 映画の究極のウソ:撮影所では誰も死なないし、殺されない。 *良質の決闘劇、サスペンス劇は「死/殺人」以外の何かで観客を惹きつける。

1. 音響効果からみた西部劇

♪「リバティ・バランスを射った男」(1962年、監督:J. フォード)

(1) バラエティー・ショウとしての西部劇

  • 勧善懲悪のストーリー/雄大な風景/疾走する馬/酒場の恋と歌/銃撃戦

(2) 決闘の撮影方法

  • 撃つ側・撃たれる側の切り返し(撮影・編集の技) + 銃声(音響技師の技)
  • 最後の一発はどのように撮影されているか?
    • 弾丸は使わない/使えないので、本当は誰が誰を撃ったかわからない。
    • 参考:指で撃つマネをするクリント・イーストウッド(「グラン・トリノ」)

2. スタジオのなかに「創られた」町

♪「裏窓」(1954年、監督:A. ヒッチコック)

  • たったひとつの巨大セットで物語が展開する究極のスタジオ撮影
  • 撮影所の技術を知り尽くしたヒッチコック監督の名人芸
  • 室外:裏窓からみた風景 + 裏窓から聞こえてくる都会の喧噪
  • 室内:ジェームズ・スチュアートとグレース・ケリーの対話劇(長回し) *作曲家の部屋から聞こえてくる音楽の役割に注目

●レジュメその2:日本語を聴く(1) 演劇史のなかの時代劇映画

1. 新劇

  • シェークスピア、チェーホフなど西洋劇の翻訳。知識人の支持。

♪坪内逍遥訳「ヴェニスの商人」(朗読:坪内逍遥)

  • 物語(頭/理屈)は西洋風、台詞回し(身体)は旧劇風の半獣神
  • 夏目漱石『三四郎』(1908年)より

そのうち幕があいて、ハムレットが始まった。[……]舞台のまん中に立って、手を広げてみたり、空をにらんでみたりするときは、観客の眼中にほかのものはいっさい入り込む余地のないくらい強烈な刺激を与える。その代り台詞は日本語である。[……]おっかさん、それじゃおとっさんにすまないじゃありませんかと言いそうなところで、急にアポロなどを引合いに出して、のん気にやってしまう。

築地小劇場(1924-1940)

  • 小山内薫(ロシア留学)と土方与志(ドイツ留学)の言文一致体リアリズム
  • ホリゾントからの照明による西洋風の舞台設備=進化した新劇、現在の日本演劇の原点

♪「女の一生」(1961年1月、文学座創立二十五年記念公演、第一生命ホール)

  • 終戦後、家を支えた長男の嫁(杉村春子)と、家を出ていた義弟(北村和男)の再会


2. 新国劇

  • 旧劇を継承する舞台・物語で、リアルな演技を追求。大衆の支持。

♪「殺陣師段平」(1950年、脚本:黒沢明、監督:マキノ雅弘)

  • 澤田正二郎(新国劇の創始者)と、歌舞伎出身の殺陣師の物語

3. 日本映画における時代劇

  • 無声映画:歌舞伎・新国劇役者が出演。チャンバラ、「国定忠治」など *新国劇ファンの大衆の支持
  • トーキー時代劇:新劇風の口語体、現代的な心理描写 *新国劇ファンの大衆、新劇支持の知識人を包摂する「国民」劇へ

●レジュメその3:日本語を聴く(2) マキノ雅弘の台詞術と日本の話芸

1. マキノ映画の歌を巻き込む台詞のリズム

♪「鴛鴦歌合戦」(1939年、監督:マキノ雅弘)

  • 殿様:ディック・ミネ、当時人気のジャズ歌手
  • 商家の娘、お富:服部富子、和製ジャズ作曲家の服部良一の妹
  • お春(市川春子)、お富、禮三郎(片岡千恵蔵)の恋模様
  • リズミカルな繰り返し 「おとみちゃ〜ん」「おと〜みちゃ〜ん」「おっとみちゃ〜ん」 *三回の呼びかけはすべて別のリズム
  • 場面転換と同時に歌 = 歌を台詞でつなぐ歌謡ショウ
  • 台詞のキャッチボール
    • (a)「とかく浮き世はままならぬ、日傘差すひと、作るひと」(七五調) お春(歌) → 禮三郎の台詞(別の口調で2回) → お富(歌)
    • (b) お富「十両でも二十両でも」 → お春「二十両でも三十両でも」
    • (c) お富「まあ、なんです」(台詞) → 「ななな、なんです」(歌)

2. 日本の語り芸

(1) 「勧進帳」(三代目並木五瓶作、1702年初演)の山伏問答

♪「勧進帳」(1944年収録、マキノ雅弘監督)

  • 義経と弁慶が山伏に変装して関所を通ろうとする。弁慶と関所守の対決
  • 能「安宅」を初代市川團十郎が翻案。町人の歌舞伎と、武士の能の融合。「松羽目物(まつはめもの)」。長唄・三味線+能囃子(能管と鼓)。

富樫 して山伏の出立(いでたち)は
弁慶 即ちその身を不動明王の尊容(そんにょう)に象(かたどる)るなり。
[……中略……]
富樫 出(い)で入(ゆ)る息は
弁慶 阿吽(あうん)の二字。
富樫 そもそも九字(くじ)の真言(しんごん)とは、如何(いか)なる義にや、事のついでに問い申さん。ササ、なんとなんと。
弁慶 九字(くじ)は大事の神秘にして、語り難き事なれども、疑念の晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。それ九字真言(くじしんごん)といッぱ、所謂、臨兵闘者皆陳列在前(りんびょうとうしゃかいちんれつざいぜん)の九字なり。[……以下略……]

(2) 「白波五人男」(河竹黙阿弥作、1862年初演)の七五調

一同   「どこの馬の骨だか、知るものか」
弁天小僧 「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂(まさご)と五右衛門が、歌に残した盗人(ぬすっと)の、種は尽きねえ七里ヶ浜(しちりがはま)、その白浪(しらなみ)の夜働(よばたら)き、以前を言やあ江ノ島で、年季勤めの稚児ヶ淵(ちごがふち)、百味(ひゃくみ)で散らす蒔銭(まきせん)を、当てに小皿の一文字(いちもんこ)、百が二百と賽銭(さいせん)の、くすね銭(ぜに)せえだんだんに、悪事はのぼる上(かみ)の宮、岩本院(いわもといん)で講中(こうじゅう)の、枕(まくら)捜しも度重(たびかさ)なり、お手長講(てながこう)の札付きに、とうとう島を追い出され、それから若衆(わかしゅ)の美人局(つつもたせ)、ここやかしこの寺島(てらじま)で、小耳に聞いた音羽屋(おとわや)の、似ぬ声色(こえいろ)で小ゆすりかたり、名せえ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助たあ、俺のことだ。」

(3) 和歌朗詠

♪釈迢空(1887-1953) *すべての短歌を同じ節回しで呪文風に唱える

♪斎藤茂吉(1882-1953) *句切れの違いを意識した朗詠

三句切れ(5・7・5 + 7・7)

ゆうされば 大根の葉に 降る時雨/いたく寂しく 降りにけるかも
むかうより 瀬の白波の激(たぎ)ちくる/天竜川におりたちにけり

二句、四句切れ(5・7 + 5・7 + 7) *万葉調

草づたう朝の蛍よ/みじかかるわれの命を/しなしむなゆめ 松風のおと聞くときは/いにしへの聖のごとく/われは寂しむ

二句+一句+二句(5・7 + 5 + 7・7)

石亀の生める卵を/くちなはが/待ちわびながら呑むとこそ聞け

(4) 琵琶法師の平曲

♪「怪談」(1964年、監督:小林正樹、音響監修:武満徹)より耳なし芳一
  *鶴田錦史の筑前琵琶による平曲「壇ノ浦」

参考:兵藤裕己『琵琶法師―“異界”を語る人びと』(岩波新書)、岩波書店、2009年

●レジュメその4:邦楽器の異化効果、日本の作曲家の映画音楽

「怪談」の筑前琵琶の呪術的な力、邦楽器は異界への入口か?

1. 深井史郎(1907-1959) 時代劇に溶け込むオーケストラ音楽

  • 帝国音楽学校(現・東京音楽大学)で菅原明朗に師事。ストラヴィンスキー、ラヴェル等に精通。

♪「残菊物語」(1939年、監督:溝口健二)

  • オープニング曲から「東海道四谷怪談」へ *音楽のなめらかなつなぎ
  • 歌舞伎舞「関の扉」(せきのと)を見守る人々 *ショットのなめらかなつなぎ(大伴黒主が、野望の成就祈願に使う護摩木とするため、小町桜を切り倒そうとする。しかしそこに薄墨と名乗る遊女が現れ、関兵衛をくどきはじめる。薄墨は、小町桜の精で関兵衛の野望を阻止するため、人の姿をして現れたのだった。)

*歌舞伎の音と映像を捉えるモダニストの感覚

♪「大菩薩峠」(1957年、監督:内田吐夢)

  • オープニング曲(御詠歌のオーケストラ編曲)から雄大な峠の風景
  • 鈴の音のトラウマ 鈴の音 → 老人の幻影 → オーケストラの御詠歌

*音が映像を呼び覚まし、映像が音楽を呼び覚ます

2. 早坂文雄(1914-1955) 北海道から見た「遠くの国・日本」

  • 札幌出身。1939年(昭和14)年、東宝映画に音楽監督として入社。黒沢明「羅生門」など。

♪「雨月物語」(1953年、監督:溝口健二)

  • オープニング曲:笙(雅楽)と能囃子とハープ → 琵琶(語り物の楽器)を追加
  • 幽霊屋敷:琵琶 vs 能囃子、篳篥(ひちりき)の効果

(このあと、本当は武満徹による「心中天網島」の近松をワールド・ミュージックへ開いていくような音楽監修を紹介したかったのですが、時間がなくなってしまいました。残念。)