大栗裕とバーンスタインは同い年(追記:アロイス・ツィマーマンも同い年)

京響定期で広上さんが「エレミア」(交響曲第1番)をやったのを聴きに行って、プログラムの解説を読んでいて気づきました。バーンスタインと大栗裕は同じ1918年生まれ。大栗裕が7月、バーンスタインが8月ですから結構近いですね。

だからどう、というわけではないのですが、1942年作曲の「エレミア」を聴きながら、色々なことを考えてしまいました。

まあ、ふつう、大栗裕とバーンスタインを比較しようと思う人はいないと思いますが(笑)、

でも、大栗裕の後ろ盾だった朝比奈隆と、生前バーンスタインとライバル視されていたカラヤンが同じ1908年生まれなのは、一昨年に、生誕百年として朝比奈隆とカラヤンの映像・音源が大々的に売り出されたときに、結構、話題になっていました。

朝比奈隆と大栗裕が10歳差で誕生日が同じ、というのは関係者には知られている話ですが、カラヤンとバーンスタインが正確に10歳差なのは意外に意識されていないことかもしれません。

そもそも、バーンスタインが何年生まれなのか、どういう時代を生きていたのか、彼の伝記に関心をもつことが普通はあまりない。もちろんバーンスタインに興味を持つ人はたくさんいるわけですが、当人の存在感が圧倒的すぎて、歴史的な文脈の中に据えて眺めるという発想が浮かばない。そのあたりが盲点なのでしょうか……。

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大栗裕は商業学校を卒業して上京して、1941年、年末に日本軍が真珠湾を奇襲してアメリカに宣戦布告した年に東京交響楽団(現・東フィル)のホルン奏者になっています。そしてその頃、バーンスタインは、ハーバードとカーティス音楽院に学んで交響曲を書いて、1943年にはニューヨーク・フィルの副指揮者……。

やっぱり調べれば調べるほど、二人の間に接点はないです(笑)。

ただ、あまりにも見事に接点がなくて、強引にこじつければ、米兵と日本兵が切り返し映像でコミュニケーションを成立させることのないイーストウッドの硫黄島二部作みたいだ、とは言えるかもしれません。

(バーンスタインと大栗裕の接点のなさは、あの星条旗の戦場写真で一躍ヒーローになった海兵隊の衛生兵と、パン屋の二等兵の二宮クンが別々の映画のなかで交わらない平行線として映画化されているのに似ている、と。)

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バーンスタインの「エレミア」は、諸井三郎の交響曲第3番や、大栗裕もホルン奏者として演奏したであろうはずの当時のいわゆる邦人作品(最近、片山杜秀さんが旗振り役になって急速に復権しているような)と同じく、第二次世界大戦中の音楽なんですね。

諸井三郎:交響曲 第3番・交響的二楽章他

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一方、大栗裕のほうは、バーンスタインが自分と同い年なのを意識していたのかどうか、まったく不明ですが、「ウェストサイド・ストーリー」には興味を持っていたようです。

大栗裕が1960年代に「ウェイストサイド」をマンドリン・オーケストラに編曲して、関学マンドリン・クラブが歌入りで東京公演をやった、という証言を得ております。

(音大大栗文庫には、レコードのダビングかエア・チェックと思われるミュージカル版「ウェストサイド」のオープンリール・テープがあるのですが、これは、編曲の資料にしたのかもしれません。)

大栗裕は、結構、新しいものにアンテナを張っていた人だったようなのです。

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彼の作品のなかでも、前に書いたように1973年のバレエ「花のいのち」に、殺伐とした都会をウェストサイド風の音楽で描写する場面があります。

あと、1969年に大阪音大吹奏楽団(現在の大阪音楽大学吹奏楽演奏会)のために書いた「吹奏楽のためのディベルティメント」という二楽章構成の作品がありまして、この第2楽章(「Part. II」と表記されている)がやはりウェストサイド風にスイングしております。

1969年といえば、全共闘真っ盛りの騒然とした年。大栗裕も大学教員として心を痛めることがあったようです。初演プログラムの自作解説には、この作品は、もともと「若者の苦悩と歓喜」という副題をつけようと思っていた、と書かれています。

(照れくさいのでこの副題は止めにした、とオチをつけるところも大栗裕らしくて、なかなか味わい深い解説文です。今どきの都会の若者というと、大栗裕のイメージは「ウェストサイド」だったということでしょうか。)

1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景

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1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産

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大栗裕の吹奏楽作品というと、吹奏楽コンクール課題曲の「小狂詩曲」と「バーレスク」、大阪市音楽団のために書かれた「神話」と「吹奏楽のための大阪俗謡による幻想曲」、最晩年に国立音大の委嘱で書かれた「仮面幻想」が定番ですが、

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1969年の「ディベルティメント」は、ちょっと雰囲気が違います。

吹奏楽曲ではありますが、クラシック系のプロを目指す学生を想定したからなのか、大フィルのために書いた管弦楽曲に近いシリアスなスタイルです。今なら、かえって歯ごたえがあって、やり甲斐があると思ってもらえそうな気がする曲なのですが……。

ちなみに、初演の演奏(指揮・辻井清幸)はオープンリールの記録が残っていて、その後2006年3月には、大阪音大90周年記念行事の一環として、NHK大阪ホールで、ロジェ・ブートリーの指揮で再演されています。

この再演の様子も映像記録が残っておりまして、パリ・ギャルドのブートリーが、「ウェストサイド」風にスイングする大栗作品を指揮しているのは、感慨深いものがあります。

大栗裕とバーンスタインに「接点」はないですけれども、同時代の超有名人バーンスタインの大ヒット・ブロードウェイ・ミュージカルの余波は大栗裕にも伝わっていて、さらに、めぐりめぐってフランス人のブートリーにまで届いてしまったわけです。

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今日の京響定期で「エレミア」の解説を書いていたのは小味淵彦之さんですが、彼は関学出身で、先日、大栗裕が関学マンドリンを指導していたのを知ってた?と訊いたら、「そりゃもちろん」と言ってました。

関西ローカルの作曲家ですけれども、雑食的に本当に色々なことをやっていた人なので、根は相当に広がっているようです。

単体の音・音楽そのものがどうか、ということ以上に、そういうところが面白いと思うのですよね。

[追記]

その後、バーンスタインがウィーンでマーラー「千人の交響曲」を指揮する映像を見てみました。

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聖俗が入り乱れて膨れあがったヴィジョンに没入する様子は、従来、(クールなカラヤンとの対比で)「熱くエネルギッシュな男、いかにもJFKを尊敬していそう」という切り口で語られていたように思うのですが、仏教に傾倒した大栗裕と同い年、と思って眺めると、そういう個人のキャラでは片付かない気もしてきます。

バーンスタインのreligionはどうなっていたのか、等々、なにしろスーパースターですから、そう簡単に「研究」できそうにないし、伝記も、今現役の色々なところに抵触しそうで、どこまでのことがオープンになっているのかわからないのですが……。

で、気になってさらに作曲家の生没年を調べてみると、同世代にこんな名前も。

  • 尹伊桑(1917-1995)
  • ゴットフリート・フォン・アイネム(1918-1996)
  • アロイス・ツィマーマン(1918-1970)

ブーレーズ、シュトックハウゼン、ノーノなど戦後前衛の人たちは1920年代生まれ。日本で60年代から万博の頃に華やかに活躍したのも1920年代後半から1930年代生まれがほとんどです。

大栗裕やバーンスタインは、作風が古い、折衷的、と言われてきましたが、1910年代後半に生まれた人たちは、戦後の流れに上手く乗れないほうが普通だったのかもしれませんね。


アメリカ西海岸には、

  • ジョン・ケージ(1912-1992)
  • コンロン・ナンカロウ(1912-1997)

という飛び抜けて年長の実験家がいますが、むしろ、こちらのほうが1910年代生まれとしては例外的、という気がします。

青年期が第二次大戦と重なるので、この世代は、早熟で若くして出てくるか、さもなければ、遅れて戦後に出てくるしかなくて、色々なものを抱えつつ旗色不鮮明になってしまった、ということでしょうか。

  • ピエール・シェフェール(1910-1995)
  • ジャン・フランセ(1912-1997)
  • ルネ・レイボヴィツ(1913-1973)
  • アンリ・デュティユー(1916-)
  • ニーノ・ロータ(1911-1979)
  • ゴットフリート・フォン・アイネム(1918-1996)
  • アロイス・ツィマーマン(1918-1970)
  • ヴィトルト・ルトスワフスキ(1913-1994)
  • サミュエル・バーバー(1910-1981)
  • ジャン・カルロ・メノッティ(1911-2007)
  • ヴィンセント・パーシケッティ(1915-1987)
  • 尹伊桑(1917-1995)

日本の作曲家の生没年のまとめは、前にやったので、そちらをどうぞ。

http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20080815/p1