My Funny McLuhan? 1967年トロントの武満徹

[日付が変わって記事タイトルを替えました。2/14にこのタイトルを使ってみたかったもので。マクルーハンがジャズを聴くのかどうかは、よく知りませんが。♪You make me smile with my heart...な日ということで。]

グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成

グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成

昨年のクリスマスにはアドルノとベンヤミンを読んでいましたが、セント・ヴァレンタイン・デーを前にして、今度はマクルーハンをあれこれ「プローブ」(笑)しております。

アドルノ先生が頑固なブルジョワだとしたら、マクルーハンを読む補助線は、たぶんカトリシズムなんでしょうね。グーテンベルクの真っ白い紙に黒いインクが映える活版聖書を携えた明晰なプロテスタンティズムはメディア史上の失楽園(活字というテクノロジーは蛇が誘惑する禁断の果実)であって、ステンドグラスから薄明かりの射し込む中世ローマ教会の口承写本文化を参照点にしながら、電子メディアの渦に巻き込まれるのを、なんだかんだ言いつつ、この世の楽園として歓迎している感じがします。(音楽家で言えば、どこかしらメシアンに近い感じでしょうか。)

が、その前に武満徹。

音楽  新潮文庫

音楽 新潮文庫

二人であれこれ率直に語り合う面白い本だった記憶があるのですが、再版されていないようですね。

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『グーテンベルクの銀河系』の訳者、森常治さんは、あとがきで既にマクルーハンのカトリック的発想を指摘していますし、佐藤卓己さんも、『現代メディア史』のブックガイドでマクルーハンのカトリック的世界観を示唆していますが、

現代メディア史 (岩波テキストブックス)

現代メディア史 (岩波テキストブックス)

グールド論で2005年吉田秀和賞の宮澤淳一さんは、少なくとも今までに出ているものでは、マクルーハンが(グールドとともに)「カナダ=北の人」だというところに注目していらっしゃるようです。

グレン・グールド論

グレン・グールド論

マクルーハンの光景 メディア論がみえる [理想の教室]

マクルーハンの光景 メディア論がみえる [理想の教室]

マクルーハンとグールドがいたのは、カナダのなかでもトロントなんですね。

(そういえば、吉田秀和さんも中学時代に小樽にいらっしゃって、四部作「永遠の故郷」の最後は冬の旅の菩提樹で、「北」にシンパシーを抱く方なのかも。雪が積もらない海洋性気候の関西・上方に無関心なのは当然か。^^;;)

永遠の故郷─夕映

永遠の故郷─夕映

[……と書いたら、午後から大阪にも雪が降ってきてしまいまいしたが。:2/14追記]

[あっという間に積もりましたね。]

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日本のクラシック音楽でトロントといえば、ニューヨーク・フィルのバーンスタインのアシスタントからトロント交響楽団の指揮者になった小澤征爾を思い出してしまいます。

小澤征爾がトロントにいたのは1964年から1970年ですから、まさにマクルーハンが時の人になった時期。そしてトロント時代の小澤の一番のトピックといえば、1967年に「ノヴェンバー・ステップス」を初演したことだと思いますが、この年の8月には竹村健一『マクルーハンの世界』がベストセラーになって、日本でマクルーハン・ブームが起きていたそうです。

マクルーハン理論―電子メディアの可能性 (平凡社ライブラリー)

マクルーハン理論―電子メディアの可能性 (平凡社ライブラリー)

  • 作者: マーシャルマクルーハン,エドマンドカーペンター,Marshall McLuhan,Edmund Carpenter,大前正臣,後藤和彦
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 単行本
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マクルーハンのメディア研究の出発点になった1950年代のExplorations in Communication誌の主要論文をまとめた本。翻訳初版はマクルーハン・ブームの1967年11月。服部桂さんの解説や訳者の後藤和彦さんの序文で、当時の雰囲気にも言及されている。

武満徹は、マクルーハン・ブーム真っ直中の日本で尺八と琵琶とオーケストラのコンチェルトを書いて、ご本尊のいるトロントに数ヶ月滞在していました。そこでヒッピー風のピーター・ゼルキンなんかをオザワから紹介されたあとで、ニューヨークでの新作世界初演に臨んだようです。

のちに小澤征爾とその頃のことを語り合っているのを読むと、小澤家でのんびり過ごしていたような雰囲気で、まるで大都会ニューヨークへ行く前に、(浅間山麓の自分のアトリエに似た)カナダの山小屋みたいなところにいたかのようですが、本当にそうだったのか。

むしろ年表の上では、マクルーハン台風のど真ん中に入っていったように見えます。

武満徹:ノヴェンバー・ステップス

武満徹:ノヴェンバー・ステップス

  • アーティスト: 小澤征爾,武満徹,トロント交響楽団,鶴田錦史,高橋悠治,横山勝也
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN
  • 発売日: 2007/11/07
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小澤・トロント響のノヴェンバー・ステップスは、ニューヨークでの世界初演の直後のレコーディング。

67年3月にはマクルーハンが『ニューズ・ウィーク』の表紙を飾って、そのあとカナダのテレビ出演など色々あったようですが、武満徹のセンサーには引っかからなかったのでしょうか?

マクルーハン (ちくま学芸文庫)

マクルーハン (ちくま学芸文庫)

イラストを駆使した解説がマクルーハンにぴったりな感じですが、巻末に宮澤淳一氏による詳細な年譜・文献表があり。日本のマクルーハン・ブームやその後のマクルーハン受容の概要もわかる。

ジョン・ケージはマクルーハンにさかんに言及しているのに……。武満徹は、50年代にインター・メディアを標榜した実験工房のメンバーだったのに……。そして翌年1968年には、第2回の「オーケストラル・スペース」で、一柳慧のライブ・エレクトロニクスなどと並べて、ノヴェンバー・ステップスを日本初披露しているのに……。

武満徹は、トロントのグールドやマクルーハンが出てくるような部分に気づかなかったのか、気づいていながらやり過ごしたのか。当時はもちろんよくわかっていたけれど、後年そういうものを活用する方向へは進まなかったので、そっちにはあまり言及しない形で記憶をミスティファイしたのか?(←戦時中のシャンソン伝説とかを思えば、ありえないことではない。)

オーケストラル・スペース1968:企画・構成:武満徹, 一柳慧:武満徹:クロストーク/高橋悠治:6つの要素/ライヒ:ピアノ・フェーズ/ケージ:プリペアド・ピアノ・コンチェルト:池田光男 (bandoneon)/前田照光(bandoneon)/一柳慧(p)/秋山和慶指揮/日本フィルハーモニー交響楽団
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注意深く資料を見直すと、武満徹は、実験工房の活動でも、ハデハデしいインターメディア企画には直接参加しないで、その傍らにいた風に見えます。湯浅穣二とかほどアクティヴではなかったように見えます。

竹村健一がビジネスのノリで持ち上げるマクルーハンには、あんまり近づく気がなかったということなのでしょうか。

それとも、知られていないだけで、それなりにアプローチしていたのでしょうか。

接点がなかった、接点を作ろうとしなかった、同じ町にいながら、あまり関わりができそうな状況ではなかった、等々ということであったとしても、それ自体が「メッセージ」な感じがするのですが。(何かあれば宮澤淳一さんなどがリサーチ済みのような気がしますし、その後の武満徹のキャリアの作り方、マクルーハンが時の人であるといっても武満徹が自分を売り込んで行こうとする層にとってどの程度の存在だったのか、と考えると、接点がなくて当然かも、とは思いますが。[追記:そして冷静に考えてみると、67年に武満徹は作曲で頭が一杯で世の中の流行を気にしている余裕がないまま渡米した可能性もありそう。日本でマクルーハンが一瞬流行ったことなど知らないままトロントへ行って、翌年日本へ戻った頃にはもうブームが収束していた、という浦島太郎状態だったのかもしれず、だとしたら、武満徹とマクルーハン、という取り合わせを探っても何も出てこないのかもしれませんね。])

そして接点があったにせよなかったにせよ、マクルーハンやグールドのいた町で、オザワとタケミツが、気候の違いで割れてしまいそうな竹の楽器を使ったリハーサルを繰り返したり、大正期の伝説の天才少女琵琶奏者でのちに経営の才覚も発揮した鶴田錦史の演奏が摩天楼のニューヨークでバーンスタインを落涙させたりして、その様子をルドルフ・ゼルキンの息子が傍らで眺めているのですから、なるほどこれは、「グローバル・ヴィレッジ」(地球村)と呼びたくなる光景ではあるかもしれませんね。

朝比奈隆 生誕100年記念ライヴ!

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  • アーティスト: 大植英次,ブルックナー,モーツァルト,伊藤恵,大阪フィルハーモニー交響楽団
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  • 発売日: 2009/02/20
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オンタリオ湖西岸のトロントと、スペリオル湖の西でミシシッピー川沿いのミネアポリスは、五大湖周辺といっても全然「近所」ではないですが、小澤征爾も大植英次も、若い頃にカナダとアメリカの国境地域で数年間を過ごしたんですね。
指揮者・大植英次―バイロイト、ミネソタ、ハノーファー、大阪 四つの奇蹟

指揮者・大植英次―バイロイト、ミネソタ、ハノーファー、大阪 四つの奇蹟