レスピーギの民俗誌

岡田暁生が、6年前に関西フィル定期の大栗裕「大阪俗謡による幻想曲」を評してレスピーギを思わせると書いたことがありましたが、大栗裕とレスピーギは、意外に対比すると面白いかもしれません。

大栗裕が管弦楽曲の題材にした大阪や各地の祭り・習俗について、曖昧にしか認識されていなかったりしますが、レスピーギが1929年の管弦楽曲で取り上げた「ローマの祭り」も、愚直に調べてみると結構いろいろありそうです。

第1楽章のCircensesは、パンとサーカス(panem et circenses)という言葉がありますが、ローマ市民の堕落の象徴とされる競技場の娯楽。レスピーギがスコアに記している標題には、「ネロ万歳だ!Ave Nero!」の語が含まれていますが、もちろん、チルチェンセス祭とかアヴェ・ネロ祭という行事があったわけではない。レスピーギのなかでは、64年のローマの大火でのキリスト教徒虐殺(の黙認?)と、競技場(Circenses)の見世物と、ネロがお手盛りで60年と65年に開催した五年周期のネロ祭(Quinquennial Neronia)がごっちゃになっているようですね。

第2楽章のIl giubileoは、ローマ教会の特赦の年ジュビリー。2000年はグレート・ジュビリーだったそうですが、14、15世紀には50年周期だったようで、日本語でこの楽章が「五十年祭」と呼ばれているのは、ジュビリーがかつて50年周期だったことを踏まえた意訳でしょうか。

第3楽章のL'ottobrataは、収穫祝いの「十月祭」ですけれど、レスピーギは標題でCastelli Romaniに言及していて、「騎士の恋」のような雰囲気になるのは、そのせいなのでしょうね。

第4楽章La Befanaは、キリスト教風に「主顕祭」等と訳されますが、あんなハチャメチャになるのは標題にあるナヴォナ広場だからであって、やはり、原題にあるベファーナの民間信仰・習俗がベースにあるんじゃないかという気がします。

私はこういうところをどんどん掘り進むのが好きで、だから大栗裕をはじめとして、こういったことを調べていて飽きないのですが……、

一般論としても、国民楽派や民族派、民俗派の音楽は、作曲家が想定したであろうイメージを精彩にチェックしておいたほうが楽しみが増すと思うんですよね。

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「「音楽の核心は語り得ない」……と語る」というのがクラシック音楽王道のワビサビだということになっているけれども、むしろこういう音楽は、どんどん話を具体的にしたほうがいい。

音楽のナショナリズムやフォークロア派を「賢く」語るには、帝国主義やファシズムなどの政治との関連を指摘するというやり方があります。東欧・ロシアの作曲家たちとナショナリズムとか、レスピーギとファシズムとか、戦時中の大政翼賛時代に日本の管弦楽が黄金時代を迎えたこととか。でも、ムソルグスキーなどが民衆の声としぐさを観察する視線には一種のリアリズムを(時代の限界の枠内ではあるにしても)認定していいはず。ヤナーチェクなどになると、ファナテイックなくらいリアルな観察という態度が、さらにはっきりしますよね。(アレックス・ロスの『20世紀を語る音楽』もヤナーチェクのオペラをとても生き生きと解説している。)

音楽のフォークロアはドイツ・ロマン派が源流で、そこに都市生活者の好奇心を刺激するエキゾチズムを掛け合わせることで19世紀後半に「商品」になった。こんなものは通俗的な空想・幻影に過ぎない。だから、好奇心への「刺激」として曖昧に消費しておけばいいんだ。ということになってしまうと、こうした音楽の面白さの大事な半分を失うような気がするんですよね。

なお、上の「ローマの祭り」へのコメントは、解説の仕事で調べたことなので粗くキーワードを並べるだけにしてありますが、それぞれの言葉でネットを検索したら(一部、英語やイタリア語のWikipediaとかへたどりつくことになってしまうかもしれませんが)、たいてい具体的にわかると思います。観光ガイドの写真を見ているとカステッリ・ロマーニへ行きたくなりますし、ベファーナの扮装とか、すごく面白い。レスピーギのイメージはキリストの顕現というよりも、こっちだと思います。お試しあれ。


[追記]

そういえば、どこかの誰かがオペラ研究は音楽学の枠組みにうまくはまらない、と書いていましたが、それは話がアベコベなのであって、ヨーロッパの音楽文化は、劇場や儀礼で今も昔も様々な脈絡で外部と様々に絡み合っているように思います。

「「音楽の核心は語り得ない」……と語る」という倒錯は、インテリがひねり出した上澄みで、くるりと表裏がひっくり返って、こっちの抽象的なシステムのほうが音楽の常態であるかのように見せかけている局面はたしかにありますが、音楽研究はとっくにそのあたりのトリックを折り込み済みで、諸文化のなかに音を位置づける方向で着々と動いているのではないでしょうか。

日本が洋楽を受容した明治期はちょうど自律美学が花盛りの時期で、さらに困ったことに、音楽家が実技を学びに大量に留学したのは、第一次世界大戦後の乾いた新即物主義の時代なので、この転倒に気づくのが遅れて、ヨーロッパ以上に純化した「自律美学」のようなものが日本に育ちましたけれど。

そっちを自明の前提として、そこに接ぎ木しながらやるのが音楽学の主流だと今も思っているとしたら、それは、かなりの「うっかりさん」ではないかと思ってしまうのですが……。

(と書きつつ、目下、「ローマの祭り」が終わって、「リンカーンシャーの花束」の歌詞と音楽の照合に取り組んでおります。)

谷崎潤一郎―深層のレトリック (近代文学研究叢刊)

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阪神間・岡本の甲南女子大で谷崎潤一郎研究。未完のモダニズム小説の出典を検証するために、1920年代の米国映画雑誌の女性向け美容・お化粧の広告を1号ずつ丹念に調べて、そこからほんのりと、「蓼喰う虫」の人形的女性観の予兆が見えてくるとは……。羨ましい研究生活という気がしますし、音楽でこういうことをやれば、十分にオペラをカヴァーできるのではないか。
作品より長い作品論―名作鑑賞の試み (近代文学研究叢刊)

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芥川龍之介「地獄変」の野心的な読みが面白く、この短編を大栗裕が歌劇にした選択は間違っていなかったかも、と勇気づけられました。