ヴィスコンティとゼッフィレッリと「関西のおばちゃん」(イタリア・オペラが「世界商品」になっていく時代のお話)

[7/20 最後の淀川長治まで、あちこち色々書き足して、どうにかそれなりの「お話」になったような気がします。7/27 人名に生没年追加。クライバーのところを少し書き足し。その後さらにアルゼンチンの話を加筆。8/8 映画『ムッソリーニとお茶を』の感想を追記。]

ヴィスコンティには必ず「関西のおばちゃん」(芦屋マダムと大阪のオバハンの共約要素)みたいな女性が登場するが、彼女たちの大好物は、むしろ、ゼッフィレッリかもしれない。

……というインチキな格言はどうでもいいのですが、あっちこっちにバラバラになっていた、フランコ・ゼッフィレッリ(1923- )、ルキーノ・ヴィスコンティ(1906-1976)関係の書き込みをまとめておきます。

大阪フィル・大植英次の「ばらの騎士」組曲と、兵庫県立芸術文化センター・佐渡裕&広渡勲の「こうもり」初日を続けて見て(どちらも、何かの針が振り切れた感じに凄かった)、やはり、こっち方面の免疫力を高めておかねば、オペラとはつきあえないと改めて思ったのでございます。

(同じウィンナー・ワルツといっても、男性ファンが多い大阪フィルの定期演奏会に大輪のバラの花を咲かせるのと、西宮北口に結集したおばさま方をとことんおもてなしするのは、まったく意味が違うことではありますが。)

●ゼッフィレッリ編

ゼッフィレッリ自伝 (創元ライブラリ)

ゼッフィレッリ自伝 (創元ライブラリ)

ヴィスコンティの助手をしてマリア・カラス(1923-1977)の信頼を得て、今も使われているメトの「ボエーム」をはじめとする数々のドル箱オペラ公演を演出して、エリザベス・テーラー(1932-2011)やオリヴィア・ハッセー(1951- )やブルック・シールズ(1965- )の映画を当てた男の半生。ヴィスコンティのお遣いでパリのココ・シャネル(1883-1971)のところへ行って豪遊する等々、ワールド・ワイドな芸能界暴露本という感じがありますね。

まず、私生児で名字ゼッフィレッリは適当に付けられたものだ[というのは言い過ぎかと思いますが、手違いでイタリア語として奇妙な綴りになってしまったらしい]、というところから人生が始まっている。(おばちゃんたちのハートをがっちりつかむべく生まれついた人、とも言えそうです。)

第二次大戦中にパルチザンに入り、ファシスト軍へスパイとしてもぐりこもうとするのだけれども露見して、オカマを掘られる覚悟で将校に取り入って(というか、自ら誘うように身を捧げて)脱出する話だけでも異様に面白いのですが、徐々に、どこまで本当なのか、と心配になってくる……。フィレンツェの野坂昭如と呼びたい。

文壇 (文春文庫)

文壇 (文春文庫)

ムッソリーニとお茶を 【ベスト・ライブラリー 1500円:第5弾】 [DVD]

ムッソリーニとお茶を 【ベスト・ライブラリー 1500円:第5弾】 [DVD]

1998年のゼッフィレッリ監督作品。私生児の体験、フィレンツェの英国夫人との交流、レジスタンス、スコットランド軍の通訳など、自伝的な要素が詰まっていて、彼のイギリス・シェークスピアへの思い入れがわかる。映画としてどうというより、とにかくいい話だったのでびっくりしました。

コベントガーデンのマリア・カラス [Laser Disc]

コベントガーデンのマリア・カラス [Laser Disc]

ゼッフィレッリがオペラ界で特別なステータスを得たのはカラス(ゼッフィレッリと同年生まれ)の「友人」だったからだと思いますが、彼が演出したカラスの映像は、このコヴェントガーデンの「トスカ」のみ、という理解でいいのでしょうか。(他にパリ・オペラ座デビュー・コンサートでの「トスカ」の有名な映像がありますが、あれはゼッフィレッリ演出ではないみたいですし等々。)

で、ゼッフィレッリが監督した映画のリスト。

じゃじゃ馬ならし [DVD]

じゃじゃ馬ならし [DVD]

女優を追いつめる(というか男性スタッフの家族的結束が堅すぎて主演女優が孤立する?)のがゼッフィレッリのパターンみたいなのだけれど、女優さんにドーンと打ち返されると、男子は皆シュンとなる(笑)。エリザベス・テーラー恐るべし。

ロミオとジュリエット [DVD]

ロミオとジュリエット [DVD]

言葉がシェークスピアのままなので、バルコニーのシーンとか、今見ると、若者たちがエリザベス朝の長台詞を歌うように語るオペラ映画のようにも見える。この映画が「音楽的」な印象を与えるのは、ニーノ・ロータ(1911-1979)の音楽だけのせいではないような気がします。
エンドレス・ラブ 【ベスト・ライブラリー 1500円:ラブ・ストリー&青春映画特集】 [DVD]

エンドレス・ラブ 【ベスト・ライブラリー 1500円:ラブ・ストリー&青春映画特集】 [DVD]

ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]

ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]

ゼッフィレッリ流のアッシジの聖フランチェスコ。主題歌と挿入曲(ドノヴァン)のテイストは、レナード・バーンスタイン(1918-1990)が1971年に「ミサ」を書いたのと同時代の発想だと理解すればいいのでしょうか。映画封切りは1972年。
マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》/レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》 [DVD]

マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》/レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》 [DVD]

  • アーティスト: ミラノ・スカラ座合唱団,ドミンゴ(プラシド),ストラータス(テレサ),ポンス(フアン),アンドレオッリ(フロリンド),リナルディ(アルベルト)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2009/06/24
  • メディア: DVD
  • 購入: 1人 クリック: 20回
  • この商品を含むブログ (4件) を見る
いつの間にか、「道化師」と「カヴァレリア」が一枚にまとめて販売されているのですね。「ロミオとジュリエット」はヴェローナ、「カヴァレリア」はシチリアを眺める風景映画の一面がある気がします。
椿姫*歌劇 [DVD]

椿姫*歌劇 [DVD]

テレサ・ストラータス(1938- )がマリア・カラスの影と挌闘しながらヴィオレッタを演じきった、そしてこの映画の完成とともに彼女は我々の前から姿を消した……というゼッフィレッリの「お話」は、出来過ぎのようではあるのだけれども、たしかに泣かせる。
アルバン・ベルク : 歌劇 <ルル> 全3幕完成版 [DVD]

アルバン・ベルク : 歌劇 <ルル> 全3幕完成版 [DVD]

  • アーティスト: ストラータス(テレサ),ミントン(イボンヌ),ティアー(ロバート)
  • 出版社/メーカー: ニホンモニター・ドリームライフ
  • 発売日: 2000/11/25
  • メディア: DVD
  • クリック: 6回
  • この商品を含むブログ (5件) を見る
ストラータス畢生の舞台といえば、パトリス・シェロー(1944- )に抜擢されたピエール・ブーレーズ(1925- )指揮パリ・オペラ座の「ルル」3幕版初演。沼尻さんなどは、やっぱりこういうのを観て「いつかオレが日本でやる」と心に決めたのでしょうか。だとしたらこれは、80年代の映画好きにとっての「ブレード・ランナー」に相当するカルト映像なのかもしれませんね。ストラータスは、映像世代のコアなオペラ・ファンにとってのミュータントであった、と。
王女メディア HDニューマスター版 [DVD]

王女メディア HDニューマスター版 [DVD]

一方、これがマリア・カラスの唯一の映画出演らしいですね。……「第三世界」が西でも東でもないオルタナティヴとして新左翼からユートピア視されていた時代の映画。アルゴナウタイがオルペウスの竪琴で歌う場面に、日本の地歌が聞こえる(笑)。「心中天網島」にガムランを使った武満徹もびっくり。パゾリーニ(1922-1975)はゼッフィレッリの一歳上ですから、「マリア・カラス世代」と見ていいのでしょうか。
オテロ [DVD]

オテロ [DVD]

カティア・リッチャレッリ(1946- )は猛勉強で映画の演技を身につけた、とゼッフィレッリは言うのだけれど、たしかに、2幕のプラシド・ドミンゴ(1941- )とのやり取りはほとんどアップがなく、最後に撮影したという終幕は、ちゃんと表情の芝居を撮ってもらっている。しかし、イタリア語のオペラ映画で、どうして「字幕 戸田奈津子」なのか(笑)。

……こうしてながめると、イタリア・オペラがローカルな芸能から映像コンテンツ商品になる転換期に、そこから美味しい果汁を絞り取った人ですね。ヴィスコンティはここまで通俗的ではないし、今はもう、イタリア・オペラも天然果汁100%ではなさそうで、「本場のオペラ劇場」がツアー・コンダクター風にガイドされる時代ですし……。

1990年イタリア・ワールドカップの三大「テノール」というのは、今思えば、もはやイタリアにオペラを背負うプリマ・ドンナがいなくなって、舞台の上に男三人を並べるしかなかった、ということかもしれませんね。そしてそれは、ひたすら「女優」にスポットライトを当て続けて、さらにそのまわりに「美少年」(映画「オテロ」でベッドで悶えるカッシオとか)を配することで、彼自身の好みと「おばちゃん」の需要を同時に満たす(?)というようなゼッフィレッリの時代が終わったということだったのでしょうか。

3大テノール 世紀の競演 [DVD]

3大テノール 世紀の競演 [DVD]

あのときのテレビ東京の中継は、CMも全部三大テノールで、バブルの最後の異常なテンションだったですね。

以下は、ゼッフィレッリが自伝を出したあとに監督した映画。

尼僧の恋 [Laser Disc]

尼僧の恋 [Laser Disc]

邦題は官能映画みたいですが、「カヴァレリア・ルスティカーナ」で知られるヴェルガの小説「山雀」の映画化。
メル・ギブソン ハムレット [DVD]

メル・ギブソン ハムレット [DVD]

メル・ギブソン(1956- )のハムレット……って、どの程度に知られている作品なのでしょうか。
ハムレット〈デジタルニューマスター版〉 [DVD]

ハムレット〈デジタルニューマスター版〉 [DVD]

比較のためにと思ってローレンス・オリヴィエ(1907-1989)のハムレットを観てみたら、ハリウッド映画などで戯画的に描かれるシェークスピア俳優のように大仰な科白回しではなかったので、へえ、と思いました。

あとは、どれも有名すぎるメトやスカラ座のゼッフィレッリ演出映像多数。

VERDI : OTELLO [DVD]

VERDI : OTELLO [DVD]

スカラ座のカルロス・クライバー(1930-2004)の「オテロ」初日はテレビで生中継されましたが、これはスカラ座では初めての試みだったらしいですね。

そしてこの1976年の「オテロ」を皮切りに、78年ウィーン・シュターツオーパーのドミンゴの「カルメン」(NHKが何度も放送したやつ)、79年スカラ座のルチアーノ・パヴァロッティ(1935-2007)の「ボエーム」は、ゼッフィレッリ云々というより、セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)やアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)とともに、数少ない正規盤を海賊盤のオーラが取り巻いていたクライバー伝説のトピック。

ビゼー:歌劇≪カルメン≫ウィーン国立歌劇場1978年 [DVD]

ビゼー:歌劇≪カルメン≫ウィーン国立歌劇場1978年 [DVD]

PUCCINI : LA BOHEME [DVD]

PUCCINI : LA BOHEME [DVD]

評伝によると、クライバーはゼッフィレッリやリッチャレッリ、ドミンゴなどイタリア・オペラの仲間と晩年まで交流があって、一方ドイツ・オペラではオットー・シェンク(1930- )の演出を信頼していたようですね。演目によって、言葉が変わると、OSを切り替えるようにチームが変わっていたように見えます。

エーリヒ・クライバー(1890-1956)の息子なのでドイツ・オーストリア系の指揮者ということになりますし、キャリアの中核はシュトゥットガルトやミュンヘンですが、ドイツ語とスペイン語とイタリア語を自由に切り替えて仕事をしていたようで、本人は何国人であることを望んでいたのか……。

R.シュトラウス:楽劇《ばらの騎士》 [DVD]

R.シュトラウス:楽劇《ばらの騎士》 [DVD]

  • アーティスト: ジョーンズ(グィネス),ファスベンダー(ブリギッテ),ポップ(ルチア),バイエルン国立歌劇場合唱団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2009/06/24
  • メディア: DVD
  • クリック: 1回
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
喜歌劇《こうもり》全曲 [DVD]

喜歌劇《こうもり》全曲 [DVD]

  • アーティスト: バイエルン国立歌劇場バレエ・合唱団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/11/21
  • メディア: DVD
  • クリック: 1回
  • この商品を含むブログ (4件) を見る
R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」 [DVD]

R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」 [DVD]

  • アーティスト: ウィーン国立歌劇場合唱団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2002/06/26
  • メディア: DVD
  • 購入: 1人 クリック: 8回
  • この商品を含むブログ (12件) を見る
彼は初期にファリャを振ったこともあり、戦争中からアルゼンチンのコロン劇場の仕事をしていたエーリヒ・クライバーは、ファリャが晩年を過ごし、少年時代のチェ・ゲバラが滞在したこともあるアルタ・グラシアに農園を所有していたそうです。
Atlantida / Amor Brujo (Ballet Suite)

Atlantida / Amor Brujo (Ballet Suite)

そしてファリャの未完の遺作「アトランティダ」は、フランコ政権下のスペインでの初演直後にスカラ座で上演されています。

参考:http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20110424/p1

クライバーはドイツ&オーストリアとイタリアの劇場・オーケストラのドル箱スター指揮者だったわけですが、彼とスペイン語文化圏の縁をもう少し探ることはできないものか。ブエノスアイレスのコロン劇場が鍵になりそうですね。実は若き日のミヒァエル・ギーレンもここでコレペティをしていたそうですし。

螺鈿協奏曲?コロン劇場1983

螺鈿協奏曲?コロン劇場1983

  • アーティスト: アストル・ピアソラ,ペドロ・イグナシオ・カルデロン,コンフント9,ブエノスアイレス・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: BMGインターナショナル
  • 発売日: 2000/08/23
  • メディア: CD
  • この商品を含むブログ (3件) を見る

クライバーとピアソラが同じ時期にブエノスアイレスにいたと想像すると、なんだかワクワクするじゃないですか。

カルロスクライバー ある天才指揮者の伝記(上)

カルロスクライバー ある天才指揮者の伝記(上)

カルロスクライバー(下) ある天才指揮者の伝記

カルロスクライバー(下) ある天才指揮者の伝記

いずれにせよ、カルロス・クライバーは、評伝で素顔の言動・行動を知ると、著者も書いているように根っからの劇場人(劇場という非日常な場所があったからこそ全うできたパーソナリティ)だなあと思います。あの躍動感は、「鳴り響きつつ動く形式」(ハンスリック)というより、シンフォニーを見事に演奏してしまうことを含めて「すべてはシャンパンの泡」だったのではないか。最後に聴いたのがブラームスの4番のCDらしいという逸話に至るまで、すべてが精巧に仕上げられたイリュージョンだったのかもしれません。(……で、結局、評伝では死因が明記されていませんが、ひょっとして……。)

一方、これも実は劇場の人だったのではないかと思われるオットー・クレンペラー(1885-1973)が、自伝的インタビューで「フルトヴェングラーはオペラが下手だった」という意味のことを言っています。

フルトヴェングラー家の人々――あるドイツ人家族の歴史

フルトヴェングラー家の人々――あるドイツ人家族の歴史

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の評伝は色々ありますが、これは、家系を遡って「ドイツ教養主義のアナクロ的な奇形児」ぶりを浮き彫りにする本。ややレトリックが一人歩きしがちではありますけれど、彼の不透明な不器用さ(カントの言う「主観的客観性」のなれの果てとも言えそうな)を上手く説明する見取り図であるような気がします。

ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」全曲 [DVD]

ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」全曲 [DVD]

アマゾンのオペラDVDは、解説・ユーザーコメントが商品と対応せずぐちゃぐちゃになっていますが、パヴァロッティがリッカルド・ムーティ(1941- )指揮スカラ座で歌った映像の演出はゼッフィレッリ。映像が商品化されているゼッフィレッリ演出は、ヴェルディなど男が主役のものが多いように思うのですが、気のせいでしょうか。
ヴェルディ 歌劇《ファルスタッフ》 [DVD]

ヴェルディ 歌劇《ファルスタッフ》 [DVD]

  • アーティスト: フレーニ(ミレッラ),ホーン(マリリン),プリシュカ(ポール),ポーラ(ブルーノ),ロパード(フランク)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/09/26
  • メディア: DVD
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
メトの顔見せ興行。本物の動物が出てくるやつ。
ヴェルディ 歌劇《ファルスタッフ》全曲 [DVD]

ヴェルディ 歌劇《ファルスタッフ》全曲 [DVD]

  • アーティスト: 英国ロイヤル・オペラ,ブルゾン(レナート),リッチャレッリ(カーティア),ヘンドリックス(バーバラ),ヌッチ(レオ),コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ・ハウス合唱団
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2007/05/23
  • メディア: DVD
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
コヴェントガーデンのカルロ・マリア・ジュリーニ(1914-2005)に比べると(演出はゼッフィレッリではない)、上のファルスタッフは、いかにもメトだなあ、と思います。ジュリーニの1979年の上演は、(録音方法の違いもあるかもしれませんが)オーケストラの上に声がきれいに乗って聞こえる。なによりも、最後のフーガがちゃんと音楽になっている。
プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》 [DVD]

プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》 [DVD]

ゼッフィレッリがメトロポリタンでトゥーランドットを演出するとこうなった。
ヴェルディ:歌劇《アイーダ》 [DVD]

ヴェルディ:歌劇《アイーダ》 [DVD]

  • アーティスト: ウルマーナ(ヴィオレータ),アラーニャ(ロベルト),コムロシ(イルディコ),ジュゼッピーニ(ジョルジオ),ミラノ・スカラ座合唱団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/01/23
  • メディア: DVD
  • 購入: 1人 クリック: 6回
  • この商品を含むブログ (3件) を見る
そしてヴィスコンティ家の庭先のような劇場で、ルキーノというミラノ公国の栄光と結びついた名をもつ御曹司のお稚児さんだったフランコが「アイーダ」を演出したらこうなった。^^;;

2000年代になると、ブッセートでステファニー・ボンファデッリらを起用したヴェルディをやっていますが、さすがにこれはもう、誰の目にも明らかな人生のしめくくりの仕事に見えますね。あとは若手に「託す」というか、やや「お達者クラブ」な感じでしょうか。

ヴェルディ:歌劇《椿姫》ジュゼッペ・ヴェルディ劇場ブッセート 2002年 [DVD]

ヴェルディ:歌劇《椿姫》ジュゼッペ・ヴェルディ劇場ブッセート 2002年 [DVD]

実際にはこのあとも、ヴェローナで初演100年記念の「蝶々夫人」なんていうのをやっていますが……。

プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》アレーナ・ディ・ヴェローナ2004年 [DVD]

プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》アレーナ・ディ・ヴェローナ2004年 [DVD]

日本人歌手ここに在り!―海外に雄飛した歌い手の先人たち

日本人歌手ここに在り!―海外に雄飛した歌い手の先人たち

ブッセートと言えば、ヴェルディの伝記では、保守的な田舎町だったので、プリマ・ドンナのジュゼッピーナ・ストレッポーニを村人たちが受け入れなかったとされていますが、江本弘志先生は、要するにジュゼッピーナはドゥミ・モンドだったんだよ、とズバズバ書いていますね。お医者さんらしく鷹揚で遠慮がないと申しましょうか……。ドゥミ・モンドの定義とか、正確な伝記的裏付けの有無は別にして、「劇場の華と一緒になる」ということがどのように見られていたのか。「世間の目」には、なるほどそういう含みもありそうだ、きっと世間はそういう風に受け止めて想像を膨らませていたのだろう、ということは言えそうに思います。

彼女と一緒になってしばらくすると、ヴェルディは、彼の作品のなかでは異色な題材と思える「椿姫」を書いて、ここから、(どこまであからさまにするかどうかの濃淡はあるけれども)「ドゥミ・モンドもの」と言えそうなメロドラマの系譜(「ボエーム」のお針子ミミもそこに連なっていると思う)が生まれるわけですし……。劇場では、真相がどうかということとは別に、あたかもそういうことがあるかのように事が成り行く(迷ったら、より面白いほうが選ばれる)ということでしょうか。

で、そういう役をボンファデッリやアンナ・ネトレプコ(1971- )が演じて話題を呼ぶわけですから、男たちは懲りないというか、どうしようもないというか。

ラ・ボエーム デラックス版 [DVD]

ラ・ボエーム デラックス版 [DVD]

カフェ・モミュスへ行く前にネトレプコのベッドシーンがある正直というか、身も蓋もないというか、な演出のオペラ映画……。

●ヴィスコンティ編

ミラノ―ヴィスコンティ家の物語 (ヒストリー・ブック・シリーズ)

ミラノ―ヴィスコンティ家の物語 (ヒストリー・ブック・シリーズ)

トスカ TOSCA ― DVD決定盤オペラ名作鑑賞シリーズ 10 (DVD2枚【2作品+シリーズ完結記念ボーナス1作品】付きケース入り) プッチーニ作曲

トスカ TOSCA ― DVD決定盤オペラ名作鑑賞シリーズ 10 (DVD2枚【2作品+シリーズ完結記念ボーナス1作品】付きケース入り) プッチーニ作曲

  • 作者: 永竹由幸(ながたけよしゆき),井形ちづる(いがたちづる),長谷川勝英(はせがわかつひで),増田恵子(ますだけいこ)
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2009/02/27
  • メディア: 単行本
  • クリック: 1回
  • この商品を含むブログ (5件) を見る
ジャン・ルノワール(1894-1979)が降板したあと、助監督だったヴィスコンティが完成させた事実上の彼の初監督映画「トスカ」がオマケで付いている。

郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版 [DVD]

郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版 [DVD]

田舎ののど自慢大会みたいなところで、ジェルモンのアリアを歌う場面がある。まるで、大阪の旦那衆が義太夫節を唸るような感じ。いわば、「夫婦善哉」で三勝半七を口ずさむモリシゲのイタリア版か。
夫婦善哉 [DVD]

夫婦善哉 [DVD]

揺れる大地 海の挿話 [DVD]

揺れる大地 海の挿話 [DVD]

ゼッフィレッリは、この作品で(レアリズモとか言うけど貴族様の道楽だよなあ、と内心では思いながら)初めて助監督に就いて……、
夏の嵐 [DVD]

夏の嵐 [DVD]

この作品の戦場ロケシーンで、やってられるか、とブチ切れてヴィスコンティの元を離れた、ということに自伝ではなっている。

ヴィスコンティは、爆破の煙が立ちこめる戦場シーンで食事斑の竈がちゃんと炊けていない気が済まないような、求める「絵」をどこまでも追いかける人だったようですが、ゼッフィレッリは、映画を撮るときにも、劇場の仕事と同じようにスタッフ・チームのアンサンブルを重視していたように見えます。これが、貴族と孤児の違いなのか……。「夏の嵐」のエピソードは、二人の違いを象徴的に説明するエピソードになっていますね。(例によって、ゼッフィレッリの「お話」は、あまりにもできすぎてはいるわけですが。)

スカラ座はヴィスコンティ家の劇場のようなもので、祖父が多額の援助で経済的危機を救った話などがあるようですが、ゼッフィレッリなどの信奉者たちは、若い頃のルキーノ・ヴィスコンティの左翼にかぶれた反逆児ぶりに心酔して、映画を撮り、芝居の演出はしたけれど、富の象徴のようなオペラには手を出さないはずだと思っていたようですね。

ヴィスコンティがスカラ座の演出を手がけたのは、1954/55年シーズンのマリア・カラスの3作品「ヴェスタの巫女」、「椿姫」(ジュリーニ指揮の有名なライヴ盤があるやつ)、「夢遊病の女」(バーンスタイン指揮)が最初。1954年に「夏の嵐」(フェニーチェ劇場の「トロヴァトーレ」で始まり、「椿姫」も出てくる)を完成した直後のことですね。

ゼッフィレッリの自伝によると、同じシーズンにスカラ座から初仕事をもらったばかりの彼にしてみれば、決別したはずのヴィスコンティが前触れもなくドカドカとスカラ座へ乗り込んできた、という感じだったようです。ヴィスコンティ側には別の言い分もあるのでしょうけれど、ゼッフィレッリには、いかにもお殿様の御曹司な振る舞いに見えた、ということでしょうか。

ヴェルディ:歌劇「椿姫」全曲

ヴェルディ:歌劇「椿姫」全曲

  • アーティスト: カラス(マリア),ステファノ(ジュゼッペ・ディ),バスティアーニ(エットーレ),ミラノ・スカラ座合唱団,ザノルリ(ジルヴァーナ),ザンピエリ(ジュゼッペ),マンデルリ(ルイザ),リッチャルディ(フランコ),ゼルビーニ(アントニオ),ジュリーニ(カルロ・マリア),ミラノ・スカラ座管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2007/06/20
  • メディア: CD
  • 購入: 1人 クリック: 29回
  • この商品を含むブログ (2件) を見る
1955年のスカラ座でヴィスコンティ&カラスの「椿姫」が伝説的成功を収めたことが、ゼッフィレッリのこの作品へのこだわり、のちのオペラ映画制作の伏線になったようです。

ゼッフィレッリは、映画「椿姫」の準備段階で、その頃スカラ座やウィーンで一緒に仕事をしていたクライバーに参加を持ちかけて話し合いの場をもったこともあるようです。相当の意気込みで決定版を作ろうとしていたようで、その半端ではない入れ込みようは、1955年のヴィスコンティ&カラスを意識していたがゆえに、ということだったのでしょうね。「椿姫」は特別なのだ。舞台でヴィスコンティ&カラスがやったことを、映画でゼッフィレッリ&ストラータスがやるのだ、と。(クライバーは、ストラータスでは無理だと思ったのか、因縁話につきあうつもりがなかったのか、オペラ映画に興味がなかったのか、この仕事を降りていますが。)

ゼッフィレッリの映画版「椿姫」では、スタッフが、終幕用にあからさまにマリア・カラスの舞台衣装を思い起こさせるドレスを用意していて、ストラータスを激怒させたようです(そんな話がゼッフィレッリの自伝に出てくる)。ヴィスコンティ&カラスに呪縛された哀しい男たちのお話で、これだけで映画が一本作れそうな気がしてしまいます。上で紹介したパゾリーニの「女王メディア」の解説によると、マリア・カラスはゲイの間で絶大な支持を得ていたそうで……。ストラータスは、そういう現場で孤立感を深めてしまっていたのでしょうし、ギリシャ生まれのソプラノは所詮マリア・カラスの代用品なのかと思ったことでしょうし、なんといっても「ルル」の人ですから、いかにもそういう風に、男たちの一番弱いところを突きそうですよねえ。

山猫 イタリア語・完全復元版 [DVD]

山猫 イタリア語・完全復元版 [DVD]

「山猫」以後のヴィスコンティは、絢爛豪華なものが醜く崩壊する滅びの人ですが、わたくしは、「地獄に堕ちた勇者ども」のヘルムート・バーガー(1944- )が、化粧したままポマードのオールバックで華麗なる一族の会食に列席しておちゃらけているのを見ると、貴志康一はこんな風だったのだろうなあ、と思えて仕方がないのです。あのねっとりしたドイツ語の子音(ルルルリ〜ッヒテヒィゲヘ・ムマァン〜ヌ)。

地獄に堕ちた勇者ども [DVD]

地獄に堕ちた勇者ども [DVD]

ベニスに死す [DVD]

ベニスに死す [DVD]

そしてさらに付け加えるなら、タッジォの巻き毛。長さといいカールの具合といい、絶大な観客動員力を誇る某女性指揮者さんを連想してしまいます(ああ、言ってしまった……)。申し訳ない!
ルキノ・ビスコンティ/タッジオを求めて [VHS]

ルキノ・ビスコンティ/タッジオを求めて [VHS]

ヴィスコンティ「若者のすべて」の解説で、淀川長治先生(1909-1998)はこの希代の監督が美と醜の両方を愛しているのだ、とすごいことを書いています。

ヴィスコンティは男をよく知っていて、というよりも男をふかく愛していて、それでこのアラン・ドロンとサルヴァトーリの組み合せがおおげさに申せば美術なのである。[……]シュトロハイムとヴィスコンティが似ているのはどちらもが美醜このふたつをふたつながら愛していることである。どうして醜を好くかは説明はいるまい。哀れだからであり、その醜は実は(美)なんだといいたいわけなのだ。

若者のすべて【HDニューマスター版】 [DVD]

若者のすべて【HDニューマスター版】 [DVD]

とすれば、耽美を極めんとする「ルートヴィヒ」で、ヘルムート・バーガーの王様と唯一対比・拮抗する存在とされているロミー・シュナイダー(1938-1982)は“醜”の位置なのかもしれませんね。彼女だけが、あらゆるものを飲みこんでしまうルートヴィヒの美の王国から自由で、常に神出鬼没なのですから。そしてこの映画は、気の効かないゾフィーを含めて、「女は醜い」(感性的・美学的な美醜というよりドラマ内の位置として)の世界観を内包する美の王国が崩壊する物語ということになるのかも。

鏡の間のものすごいロングショットでケタケタと笑うロミー・シュナイダーが、実際に見てみると、魔女の哄笑みたいではなく(彼女の笑い顔のアップはない)、ケタケタ声が遠くからかすかに響くものでしかないところが肝心なのかもしれません。絢爛豪華な歴史絵巻だからこそ効き目があるアンチ・クライマックス。

なるほどここまで来ると、次はもう「イノセント」の最後にスタスタと背中を向けて立ち去るジェニファー・オニール(1948- )しかない。妻ジュリアーナにはお色気女優さんがキャスティングされているし……。

ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター [DVD]

ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター [DVD]

イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]

イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスター [DVD]

そしてヴィスコンティを溺愛する淀川長治……。

びわ湖ホールで「ルル」をやったときに、「日本人にヨーロッパのブルジョワは縁遠い世界かもしれない」と某氏が言っていましたが……、

でも、映画の世界には、神戸新開地の色街で育って、「関西のおばちゃん」(全盛期の芦屋の本物の金持ちヴァージョン)を日常的に知っていて、ヴィスコンティが全部わかってしまった淀川長治がいる。日本のクラシック音楽のメインストリームではないかもしれませんが、わたしたちは、イタリア・オペラを裏口から、案外楽々と咀嚼できてしまっているのかもしれませんね。

映画千夜一夜〈上〉 (中公文庫)

映画千夜一夜〈上〉 (中公文庫)

映画千夜一夜〈下〉 (中公文庫)

映画千夜一夜〈下〉 (中公文庫)

淀川長治が今はもう観ることができないサイレント映画の話をするなかには、イタリアものや、イタリアの女優・男優の名前がたくさん出てきます。また彼が執筆した映画「オテロ」の解説は、サイレント時代やトーキー初期に遡って、大量のオペラ映画を列挙しています。

「オペラ的な感性は20世紀の映画へ継承された」と言われることがありますが(岡田暁生『オペラの運命』もそういう流れを想定している)、それは、単に映画音楽に、コーンゴールドやスタイナーのようなオペラ系の作曲家が横滑りしたというだけではないかもしれません。ブルジョワ文化がたそがれたあとの20世紀の、いわば「オペラの末路」を具体的に跡づけるためには、ムッソリーニのチネチッタ以前に遡って、イタリア映画史を知っておくべきなのかもしれませんね。