『王妃マルゴ』

王妃マルゴ 無修正版 [DVD]

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戦後のオペラ演出家の仕事を有名な人から順に見ていこうとするとパトリス・シェローは外せないと思うのですが、フランスのインテリさんで、学生時代から劇界で華々しく活躍しているようで、そうした演劇活動の広がりと重要度、特にパリのオペラ座やバイロイトに30代で抜擢されるまでの経歴・経緯が、門外漢には手が出せなさそうで、困っております。本気で調べたら、演劇を踏まえてオペラをちゃんと語れる人や機関が世界のどこかに間違いなく(複数)存在するのだとは思うのですが。

演劇学の教科書

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  • 作者: クリスティアンビエ,クリストフトリオー,佐伯隆幸,Christian Biet,Christophe Triau
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 単行本
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日本語だと、戦後フランス演劇を題材にしたこの分厚い本を見てようやく、シェローの演劇について数頁の記述が見つかる程度。

とりあえず彼が監督した映画を見たら、予想したより面白かったので、その話で軽くお茶を濁しつつ、自分の恥ずかしい無知をさらしておきたいと思います。

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マルゴと呼ばれたフランス王女の物語ですが……、わたくし(大学受験は日本史だった)にはヨーロッパ中世・近世王朝史の基本的な知識が大量に抜け落ちていることを改めて思い知りました。

デュマの原作小説はもちろん読んでいませんし、映画を実際に見るまで、彼女の生涯を扱えば、サン・バルテルミのユグノー大虐殺が描かれるに決まっている、そんなことは常識だ(お市の方が夫浅井長政とともに兄信長に攻め滅ぼされたり、寺田屋のおりょうさんが必ず風呂場から駆け出して龍馬を逃がし、のちに薩摩へ新婚旅行へ行くように)、ということすら、わかっていなかったのですから、恥ずかしいにも程がある。シェローを語るのは百年早い、と言われそうな状態でございます。

サン・バルテルミの虐殺といえば、マイヤベーア「ユグノー教徒」のヴァランティーヌとラウールだと思ってしまうのですが、第2幕の女性だらけのシーンのマルグリットが「マルゴ」なんですね。

マイアベーア:歌劇「ユグノー教徒」 [DVD]

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そして映画の男たち(正直、最初のうちは誰が誰だか、なかなかわからず苦労しましたが、見直したら、台詞で丁寧にキャラ説明があったので、フランス語を耳に入れつつ映像を眺めることができる人にとっては、むしろ、ごちゃごちゃした人間関係を上手に整理した演出なのでしょうか……)の間で頻繁にフランドルが話題になりますが、当時のオランダのカルヴァン派に加勢して、この物語の少し前に殺されたのが、ゲーテ/ベートーヴェンでおなじみのエグモント伯ラモラール。

ベートーヴェン : 交響曲第5番ハ短調<運命>

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ベートーヴェンはオランダの家系なのですから、エグモントの話は他人事とは思えなかったのかもしれませんね。

それから、マルゴとセックスレスの結婚をする極度に神経質な旦那アンリ(←このあたりの恋愛の不可能性、恋愛=ハッピーエンドという構造を外したところに展開する男と女のドラマがシェロー演劇の年来のテーマであるらしい)の所領ナヴァールは、バスク地方旧ナバラ王国のうちピレネー山脈北側、という理解でいいのでしょうか。

ラヴェル その素顔と音楽論

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ラヴェルが生まれたシブールはもうちょっと北の方になるみたい。

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モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り(晩課)

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ヘンデル:メサイア(全曲)

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虐殺の呼び水になった盛大な結婚式のコーラスはモンテヴェルディとヘンデルをくっつけた音楽になっていて、時代が合わないのでびっくりしますが、カトリックとユグノーの結婚だから、ローマ・カトリックのヴェスペレとイングランドのオラトリオを貼り合わせる「ハレルヤ」でいいのかもしれません。

あと、アンリがナヴァールへ帰還したときにルターのコラール「神は堅きとりで」が鳴るのは、メンデルスゾーンの宗教改革交響曲やオペラ「ユグノー教徒」と同じで、新教徒といえばこれだ、と。

メンデルスゾーン:交響曲第4番&第5番

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狩猟の本とか、諸々の伏線があからさまなくらい無駄なく回収される構成なのは、デュマの原作を踏襲しているのでしょうか? めちゃくちゃ分かりやすいところと、本人に質問したら色々理屈をつけそうな感じがするところの配合具合が、シェローが演出したオペラと似たテイストかもしれないと思います。

そしてマルゴのイザベル・アジャーニだけは、何があってもベストな感じにライトアップされて、女性映画としてご覧頂けるようになっているのですね。『ガブリエル』も男性はバカで女性を理解することができない、という話になっていますし。

ガブリエル 【ベスト・ライブラリー 1500円:第4弾】 [DVD]

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それにしても自分の無知が恥ずかしかったのは、その後いろいろあってマルゴは即位した夫アンリ4世と離婚した、というエンディングの字幕があり、そこで年号を勘定して、もしや、と思い至るまで、このアンリ4世が、マリア・ディ・メディチと結婚(再婚)して、1600年にフィレンツェで盛大に祝賀の催しが執り行われた、あのフランス王だということにまったく気づかずに映画を見ていたことでございました。

メディチ家のマリアがエウリディーチェだとしたら、シェローはこの映画で、オルフェオが彼女と出会うまでの遍歴を扱っていることになるのかも。

イザベル・アジャーニと結婚して、鉄の結束で結ばれた仲間がいて、なおかつ、オペラ誕生のきっかけを作ったとは、この挙動不審でイジメられキャラのナヴァール男はどれだけ果報者なのか。シェローの世界では、こういう男こそが生き残るのですね。

1600年という切りの良い年(しかも関ヶ原の合戦と同じ年で覚えやすい)にオペラが誕生した、というのは、「物語・西洋音楽史」の最大の見せ場。音楽史の講述でこの話をする回は、これ以上ないというほど歯切れがよく話を進めることができるので、何度やっても気持ちがいいです。
モンテヴェルディ:歌劇《オルフェオ》 [DVD]

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ヴァロアという名前を聞くと、子供の頃に読んだ池田理代子先生の『ベルサイユのばら』の中盤あたりで、ヴァロア家の末裔を僭称するサブキャラが暗躍していたのを思い出してしまうのですが、ヴァロア朝の末期は、ほぼ国の体を成していないグチャグチャな政争続きで、フランスの黒歴史なんですね。だからヴェルサイユでこの名前を出すと、貴族たちはみんな亡霊が蘇ったかのようにビビってしまったのか、と。

やっと色々なことがつながりました。

ベルサイユのばら 全5巻セット (集英社文庫(コミック版))

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