昨日の演奏会にショーソン「詩曲」があり、こんな風に解説を書いたら「エロい」と言われてしまいましたが(笑)、でも、そういうことですよね。
19世紀後半から20世紀初めの小説には「ボヴァリー夫人」など人妻の姦通の話が多い。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」も、夫婦と若い男の三角関係の物語です。
資産があり、生活に煩わされない立場で音楽を慈しんだ人、エルネスト・ショーソン(1855〜1899)が、不慮の自転車事故で亡くなる3年前に作曲した「詩曲」は、ツルゲーネフの短編「愛の勝利の歌」に触発された作品です。ひとりの女性を画家と音楽家が争い、女性は画家を選ぶ。失意の音楽家は、ヴァイオリンの秘術で女性を誘惑する。現場を見とがめられた音楽家は画家に刺し殺される。しかし彼女は音楽家の子を宿していた……。女性への執着、結婚、官能、はたしてどれが、本当の「愛」なのか?
世紀末パリの音楽家のことを調べると、しばしばショーソンの名前が出て来て、誰も彼のことを悪く言わない印象があるのですが、何なんだろうと、ずっと思っていました。
アクセク働かないでいい身分だったので、サン=サーンスのフランス国民音楽協会の世話役を引き受けていたらしいですね。
「詩曲」(ポエムというタイトルで小品のように思ってしまいますが、実体はヴァイオリン独奏を伴う交響詩)とか言うけれども、ちゃんと家族がいて(娘と一緒に自転車でどこかへ行こうとしたときに自動車と接触事故を起こして死ぬ、という散文的な結末)、自宅が藝術家を招くサロンのようになっている「いい人」だったようです。
藝術を愛してめくるめく精神と、実務もこなせる散文的な生活が表裏一体なところは、ホフマンスタールの小説の登場人物と相通じる感じがします。
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生涯、他人に雇われたり、依頼仕事を引き受けたりすることなく創作し、なおかつ成功した音楽家、というのは案外少なくて、たとえばシューベルトはリートを出版社へ売って暮らしていましたし、ドビュッシーだって、どこまで本意だったのかよくわからない依頼仕事が結構あります。
たぶん、最後まで依頼仕事をほとんどしなかった作曲家の最初はシューマンじゃないかと思います。
書店主の息子で、大学を途中でやめて、出版の街ライプチヒで音楽雑誌を立ち上げたりするジャーナリストとしての活動も、彼のような立場であれば、何かと便宜を図ってもらえる道がありそうですし、はたして「仕事」と言えるのかどうか……。
好きなときに好きな曲を書いて、さすがにそれではマズい30歳になったら、相手の親が反対していようとも、裁判に持ち込んでスター・ピアニストと結婚してしまいますし、
雑誌のほうは、たぶん勢いで立ち上げるとき以上に、てこ入れしながら続けることが大変なのだと思いますが、そういった「経営努力」が必要になりそうな頃合いで、あっさり手放してしまいますし、
まあ、気楽な人生です。
で、半世紀後のパリにショーソンがいて、この人もやっぱり、人と人を繋ぐ立場になっている。アートの世界に金持ちのお坊ちゃんが入ってくると、そういう役回りになるんでしょうね。
おそらく、第一次大戦後のプーランクも、そういう人だったんじゃないかと思います。
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濃密な血縁のネットワークで維持されていた王侯貴族社会は、「美しい技藝」をそうした血筋で説明できない天賦の才能(いわば突然変異)であると位置づけたわけですが、
彼らに代わって実業家の合議で社会を運営するようになると、今度は「ザ・藝術」が、アクセク働くことの対極に置かれることになる。
ブルジョワにとって、「天才」というのは、もはや本音で言うとダサいことなのであって、一生楽してフワフワ暮らしている人間こそが、ブルジョワ社会の憧れの星だった。それがシューマン、ショーソン、プーランクなのかもしれませんね。
そしてそういう人たちが、永遠の愛、とか言うわけです。
(大衆社会になると、アートは社会の歯車に組み込まれない「アブナイもの」の位置に置かれて、また、違った役割になりますが、どっちにしても、血筋の立派な貴族にとっての「天才」や、実業家たちには手の届かない非生産的な「藝術のための藝術」や、管理された大衆を熱狂させる「スキャンダラスな前衛」は、社会の側がアートに要請した役割という面が強く、一種の共同幻想なんでしょう。
大学で美学とかをやるような人たちは、このタイプのアーチストを偏愛する傾向があるようですね。)
19世紀後半に姦通小説が多い、とか、愛を (1) 特定の相手への執着(心)、(2) 結婚(制度)、(3) 官能(行為としての性交)に分けるとか、というのは、原稿を準備している頃に読んだこの本を参考にさせていただきました。
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