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戦後のオペラ―1945~2013

戦後のオペラ―1945~2013

大阪梅田の丸善ジュンク堂で発見、購入。この価格でこの内容に、ただただ感心するばかり。最初の渡辺和さんの概説は面白いし、めちゃくちゃ勉強になります。ドイツの公立劇場のいわゆる「読み替え」演出のきっかけはここだと考えればいいのか、とか。

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主要作品の解説の合間にはコラム風にオペラ作曲家4人(ブリテン、團伊玖磨、ヘンツェ、グラス)の紹介もあって、こういう見取り図にすると、武智鉄二が大阪で室内オペラ(「オペラ・プティ」)を1954年に提唱したのは、オールドバラのブリテン(1949〜)を考えれば時代の急所を突く着想だったんじゃないか、とか、色々考えさせられます。

戦後のオペラが「なんでもあり」になったことを前提としながら、それでも、どのオペラがどういう位置なのか、道を付けることはできるんだなあ、と思いますし、「前衛・実験」がそうじゃない作品に囲まれている風景は、今となっては、「前衛・実験」のみにフォーカスする運動史より、むしろリアルな戦後、に思えますね。

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「夕鶴」と「修禅寺物語」がエントリーされているので初演地として大阪の朝日会館の名前が入って、後者の演出家として武智鉄二の名前も出てくる。大阪の歌劇が「戦後のオペラ」という大きな地図のなかにちゃんと場所を占めているのが嬉しい限りでございました。(たしかに、それだけのことをしたと思うし。)

大阪国際フェスティバルは、團伊玖磨「ひかりごけ」を1972年に初演しているのですが、この作品が内容的には評価が高いのにその後上演機会に恵まれないので、惜しくも(まだ)初演地として歴史に名を刻むには至っていない。(再演しましょう!)

それから、大阪音大のザ・カレッジ・オペラハウスはいちおう日本初の、自前で座付きのオケと合唱をもっているオペラハウスで、今世紀に入ってからその名も「20世紀オペラ・シリーズ」を続けていて、20世紀の作品は開館以来、ずっと積極的に取り上げていますから(本書に出てくる作品だと「ピーター・グライムズ」、「囚われ人」、「夕鶴」、「ヒロシマのオルフェ」、「若き恋人たちへのエレジー」、「金閣寺」、「沈黙」をやっている)、どこかで引っかかるかな、と思ったのですが、話題作りのために日本初演を狙う、という運営ではないので、名前は出てこないですね。黛敏郎「金閣寺」の日本における舞台初演(1991)をやったのはここなのですが、本書本文では「岩城指揮」の情報のみ。1作品1頁なので「大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス」と19文字を消費できないですよね(ちなみに中の人たちは「オペハ」と略すみたい)。惜しい!

(団体名・公演名は、映画のタイトルなどもそうですが、カタカナを多用することなどの諸事情で長くなる傾向にあるようで、そのほうがチラシなどの「宣伝」での押し出しはいいのだろうと思うのですが、新聞・雑誌の紹介記事や批評ではフル表記されにくくなるわけで、これもまた、ミクロなレヴェルで、紙媒体(に「文」を綴る行為)を軽視する傾向を示唆する現象なのかしら……。

たとえば、

「熱狂の日」音楽祭2013 ラ・フォル・ジュルネびわ湖2013

と、チラシには29文字(欧文表記を入れるとさらに20文字以上増える)が大きく印刷されていますが、これをそのまま書くと、400字の紹介記事なら全体の1割近くが公演名になる計算。この音楽祭で4月28日にやったラヴェル「子供と呪文」は、「びわ湖ホール声楽アンサンブル」(14文字)が出て、室内楽編曲のオケは「ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団」(17文字)だったのですが、指揮者や歌手の名前を挙げて600〜700字で批評しようとすると、固有名詞ではない文字を入れるスペースはキツキツになるわけで、「演出:岩田達宗」は外せないのにどうするか! 作曲者名がヴォルフ=フェラーリ(10文字)だったり、作品名が「アッシジの聖フランチェスコ」(13文字)とか「オルフェオとエウリディーチェ」(14文字)でなくてよかった(笑)。「関西歌劇団」(5文字)の「第1回創作歌劇公演」(9文字)に「朝比奈隆」(4文字)と「関西交響楽団」(6文字、ここまで24文字だから、フォル・ジュルネ@びわ湖の名称よりまだ短い)の時代とは大違いです。

しかしそう考えると、「大阪国際フェスティバル」(12文字)とか「フェスティバルホール」(11文字)というのは、「日比谷公会堂」や「東京文化会館」、大阪の「中央公会堂」や「朝日会館」に比べて、大盤振る舞いに長い名前のハシリだったかもしれませんね。中之島の朝日新聞社は、造ったホールもでかいが、そのネーミングも時代に先駆けていた?!

(フェスティバルホールが出来た2年後(1960年)、関西交響楽団が大阪フィルハーモニー交響楽団(14文字、旧名の2倍以上の長さ!)に改組されたのは偶然ではないかもしれないと思えてきます。)

80年代以後「ザ・シンフォニーホール」(11文字)、「サントリーホール」(8文字)、「オーチャードホール」(10文字)、「ザ・フェニックスホール」(12文字)、「すみだトリフォニーホール」(12文字)と文字数がフェスの頃から横ばいなのは、広告や出版の(私が知らないだけで業界では常識なのかもしれない)何かの規格や慣習に合わせたのかなあ、という気がしますが、

名前を短くする「デノミ」の可能性はないのでしょうか。面倒なので、1文字とばしの省略表記をありにするとか。ザ・シンフォニーホールはザシフニホル(東欧系の人名みたい)、サントリーホールはサトーホル(佐藤さんが発明したアイデア商品?)。「熱狂の日」音楽祭ラ・フォル・ジュルネは「熱の音祭ラフルジル」←コミックやアニメのタイトルみたいでちょっといいかも。)

オペラハウスから世界を見る (125ライブラリー)

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こちらも1,000円を切るお値段で盛り沢山なゼロ年代「読み替え」オペラ観劇記。

これでもか、という大量の実例でお腹いっぱいになって考えると、こういう発想を移植するとしたら、設定だけじゃなく台詞の口調や登場人物名も現代ニッポン風に翻案した日本語上演ではないか、という気がしてきました。

石田衣良に訳詞を書いてもらって、名作オペラが渋谷や池袋を舞台に展開する企画を「ららら♪クラシック」でシリーズ化する、とか。