ガラケーとステマ(という言葉を今日覚えた)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20130725/251531/

たしか小田嶋さんはかつてIT系ライターをやっていらっしゃったはずで、スマホは15年くらい前にPDAと呼ばれていた携帯ガジェットを力業でハイスペックにして一般に使えるようにしたものに見えるし、飽きられるのも早い気がする。長く持ち歩く物は、多機能よりも割り切り、の教訓は今も有効だったりしないのだろうか。

それにしても、ガラパゴスケータイって酷い言葉だ。機能の限られた携帯は、そんなに不便か?

(「情報感度の高い人」がオックレテル〜っな人を蹴散らすとき特有の鈍感な言語。)

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昔は、社会学というと「マスコミ論」で、だから「マスコミ志望」の学生が行くところ、というイメージがあった気がします。いまならメディア論と呼ぶであろう媒体の歴史や特徴とか、広告のレトリックとか、集団心理とはこういうものだとか、若者文化論・大衆文化論とか、ちょうど薬剤師を目指す人が薬学を学ぶように、マスコミで仕事をしたいんだったら、マスコミの良い面悪い面をひととおり勉強しておいたほうがいいだろうということになっていたように思う。

マーケティングという名の経済だけを頼りに実務をやると、医学・生理学の知識のないスポーツ・コーチが民間療法で選手の故障を直そうとするようなもので、副作用がバンバン出る劇薬を平気で処方しそうな危うさがありますもんね。

(そしてこのような情報の送り手側の教育・教養に対応して、「賢い消費者」という言葉は、情報で上手に踊る人ではなく、情報に踊らされないで自分のペースを作れる人を意味していた(と思う)。)

前にも書きましたが、twitter は外から眺めているだけでも不思議な道具で、草の根情報発信ツール、戸別訪問のビラ配りや回覧板みたい役目だけでなく、誰と誰が仲良しなのか丸見えになるゴシップ・メディア的なところもあり、存在自体が「「宣伝に見えない宣伝」という新手の宣伝」のようにも見える。「マスコミ論」を修めて実務経験豊富な人だったら、勘所をつかんで上手にのりこなしそうですが、用法・用量・使用上の注意は、どこにも明記されてないので、自分で判断せにゃならんのですよね。それは大変だ。

(以上、他人が当たり前のように使っているのに自分には意味がわからない言葉と出会い、世間の波に乗り遅れているのを実感してこそ、オッサンとしては一人前だと、ちょっと嬉しかったので書いてみた。)