「内職」という爆発物

特別な雇用形態な人は話が別だけど、タイムカード押して時間給で雇用されてる人が、勤務時間内に副業をこっそり、もしくは、おおっぴらにやる、というのは、たいてい、何かの時限スイッチが入ったシグナルなのだと思う。

「兼業」が長続きするのは、他の時間を削るか何かして、双方に迷惑をかけないように時間をちゃんと管理できたときで、昔からちゃんとした成果を残した人は、そういう自己管理をしている。

そしてそれが無理になったときには、どちらかを辞めたりする。

(大栗裕が大学のポストを得たと同時にオーケストラを辞めて、作曲一本に絞ったように、きれいに転身できる人は今も昔もいて、一時期は、社員プログラマさんが独立or転職する、という話題が目につきましたよね。)

大学の先生たちだって、どんな売れっ子でも、授業中は副業の電話や来客は取り次がない。それは昔からそうなので、他の仕事だって、それぞれに仕事のモラルがあるはず。

昔が厳しくて今は緩いのか、その逆なのかはよくわからなくて、昔は、そういう「ケジメ」を個人が内面化していたのが、今は、規則とか組織の管理体制みたいに制度化されている傾向が強いという違いがあるかもしれないけれど、形は違えど、モラルや「ケジメ」が消失した時代などありはしない、ということだと思う。

結局、本業は本業としてこなして、副業をそれ以外のところでやる形に落ち着くのだと思うし、そういうことをする人は今も昔もいる。そういう多少の幅というか流動性は、いつの時代でもある。

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最悪なのは、その人がやっている「仕事」や「肩書き」を前提に副業の誘いが舞い込んできたときに、それを、自分自身の力だと勘違いすることだと思う。

商売は、人のやらないところに鉱脈を見つける競争ですから、そんな風にややこしいところへ食い込んでくる人が必ず一定数いる。で、そういうのは、どうさばくか様子を見られてるわけですよね。悪気なく依頼する人もいるだろうし、変化球として敢えてそういう依頼をする人もいるだろうし。筋の悪い形としては、その人と本業でのつきあいがあって、一種の接待として、いわゆる「お小遣い稼ぎ」の副業をもちかける、なんていうことも、ひょっとするとあるのかもしれない……。

将来、これを足がかりに個人としてその仕事を展開していきたいんだったら、今の「仕事」や「肩書き」とは別に、個人の時間でそれに対処して、やる気をみせなきゃいけないだろうし、

そんな気がないんだったら、今の「仕事」や「肩書き」の枠内でできることを、あくまで今の「仕事」の業務として受けて、その範囲を超えることは断るのが筋だろう。

「仕事」や「肩書き」目当てで寄ってきた人の申し出を個人として受けて、美味しいとこ全部自分のものにできる、みたいな夢を見て、ほんとにそうしちゃったりして、

なおかつ、本業の時間内に副業が「内職」(←本来の意味での用法ではないが)として食い込んでくるようになったりすると……、

公務員だと、その瞬間に夢が覚めちゃう懲罰が発生するしくみになっているけど、でも、民間人の場合は、ズルズルとそれぞれの力関係でそういうのがなんとなく続いちゃったりして、そうやって、人によっては次第に人間が腐っていったりするようですね。まあ、多少は腐臭をただよわせるほうが、生き物らしくはあるのかもしれないけれど。

でも、実際にフリーランスでいくつもの仕事を平行して受けないと生活できない人は、たいてい、そういうところの自己管理はちゃんとしてますよね。そうじゃないと、長続きしないから。

そしてその傍らで、自業自得に腐っていく人を見つけても、それはいつもの見慣れた光景なので、さほど心は動かないよね。ああ、やってるなあ、ってなもんで。

まあ、そこまで外部からアプローチされる「人材」はそんなにたくさんいるわけじゃないので、たいていの事例は、常識的なつきあいの範囲で処理して、それほど話が大きくなるわけではないんでしょうけどね。