三井の晩鐘

[追記あり]

それぞれの場面の音楽の性格がくっきりして、初演のときとは印象がまったく違う。

ただし、あくまでアクションを喚起するタイプの音楽ではないので、オペラというより、ソプラノと小管弦楽を伴う語り物と呼ぶべきかと思います。

戦後のこの世代の作曲家は、西村朗もそうですが、どうしてもこういう感じになりますね(→参考:http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20130602/p1)。浄瑠璃とのコラボレーションだから、ということではないと思う。(浄瑠璃部分は、今にも人形が動いてお芝居をしそうな演唱だったので、かえって違いが際立った。猿谷紀郎の音楽は、どうしても、じっくり音に耳を傾けるモードになる。)

夫がひどい、ひどすぎる、という話なんですね。

そうして義太夫節は、道理を踏み越え、「なんとかしてぇなぁ〜」と、どこまでもすがりつくダメな色男を語るが得意。小春を泣かせて、おさんを絶望の淵に落とす紙屋治兵衛、とか。

でも、今回はそれを受け止める妻サイドが西洋音楽なので、「ならば一緒に死にましょう」とはならずに、まずはクラリネットが、何かをものすごく切実に訴えかける。(音符をなぞっているのではなく、言葉をしゃべっているようにしか聞こえないのがすごかった。)

でも、それは龍の世界の言葉なので、人間(客席の我々を含む)には、何を言っているのかわからない。

で、くるっと世界が反転したラストシーンで、龍の妻が肉声で語る/歌うと、どういう思いなのかということが客席の我々にわかるわけだけれども、その声は、あのダメなダンナには届いていない。ダンナの耳には、龍の声は、フギャ〜〜というクラリネットのようにしか聞こえないんですよね。

しゃべるように吹いたクラリネット(上田希、この人は特殊奏法で母国語のようにしゃべることができる、昔聴いたグロボカールのバスクラリネットもすごかったけれど)と、最後に素の女性として歌った天羽明恵が、表と裏の一体で、男どものダメぶりを知らしめた、という風に受け止めさせていただきました。

(そして当初予定されていた指揮者某(男性)は、ダメぶりを知らしめさせられる千載一遇の機会を逃して、インフルエンザで療養中である。オチに使って申し訳ないが、でも、そういうドラマでしたね。)

客席が、龍の妻に感情移入して、妻サイドに立つ(=日本人であるにもかかわらず西洋音楽の側に立って義太夫節を他者として眺める)、ということができない仕掛けになっているから成功したんだと思います。(初演のときは、そのあたりがちょっと曖昧で、子を思う母の悲しみ、で終わっていた気がする。)

舞台の中央に幕があって、龍の妻はその「向こう側」にいるのだけれど、最後に彼女が手前に出てきて、幕の手前が龍の世界になる。装置を動かすのではなく、「見立て」で幕の前と後ろの意味が反転するのですが、その見せ方、了解のさせ方が鮮やかでした(演出:岩田達宗)。

天羽さんが幕の前へ出てくるところは、まるで能を見ているようだった。しずしずと歩くだけで場の意味が変容する。そうして、人間の耳には了解できないはずの「声」がそこに響くのだから、複式夢幻能のような感じ、とも言えそうですね。

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猿谷紀郎って誰なのかしら、サントリーの「トランスミュージック」シリーズの10年前の晴れやかな第1回がこの人だったり、このオペラの作曲家に抜擢されたり、伝統ある業界ラジオ番組「現代の音楽」の司会をしていたりして、それはなぜなの?と考え始めると、よくわからなくなるわけですが(笑)、こういう出し物を作るためには、照明さん(今回いい仕事をした)とか、台本の作家さんとか、いろいろなスタッフがいるように、とりあえず作曲家さんが必要ということですね。

(オペラのトラディショナルな宣伝では、芝居や映画のように「○○」と外題だけを出して、「作:某 作曲:某」みたいに小さく添える。共同作業なのだから、むしろこのほうが無理がない。映画が監督のもので、オペラは作曲家のもの、というような決めごと(著作権などをスムーズに進めるためにはその種の約束がジャンルごとにあるようだけれども)は、とりあえずだと思ったほうがいい。まして、場所を用意して金を出した「主催者」はどこだ、というのもあるかもしらんが、それも参画者のひとりなので、うまくいったからといって、あんまり、はしゃぎすぎないほうがいい。

どうしても広くお伝えしたいことがあるんだったら、慌ただしく作文して変な日本語が混ざってしまうのでない、バシっと決めた公式見解を出して、あとは黙ってるほうがいい。

奥ゆかしさ、とか、そういう古くさいモラルを求めているわけではなく、ケチくさい嫉妬とか、あほらしい話をしているわけでもなく、欲張ると運が逃げまっせ、ということです。したたかに長続きしてくれたほうが周りも得するわけで、抑えるところは抑えてくれなければ周りが困る。そういうことを冷静にマネジメントできる人を入れる余裕があるといいんだろうけどね。まあ、そうもいっていられないから、龍の女がフギャーと吠える、ということで、話は堂々巡りになりますが(笑)。)

この作品に関しては、

「ここまでやっているのに、なんで通じないんだぁぁぁぁぁぁ〜!」というディスコミュニケーションの「不遇感」を戦後中間社会(まあ世の中はこんなもんなんじゃないの、という落としどころへ着地して幕引きがはかられてしまいそうな状態)への異議申し立て=「ちょっと待った!」に変換して提示する、というのは、梅原猛らしいテーマであろうかと思います。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/takeuchi/archives/2014/01/post_2.html

出発点に三橋節子がいて(演出の岩田さんがそのことを押さえてくれていた)、梅原がいて、オペラをプロデュースしたイシハラホール(今はもうない)の戸祭さんがいて、とにかくやろう、と、ここへ押し込んだいずみホールのスタッフがいて、橋下徹にイヂめられている文楽があって……、中間社会へ棲みつく「不遇感」の連鎖でここまで来た。そういう作品なのかもしれませんね。

(客席には梅原猛がいて、舞台にはヴィイオリンで梅原ひまりさんも乗っていた。)

→ 補足:http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20140204/p1