[「銀色に輝くシュトラウス」の話を短く追記]
サムラゴーチの出現に慌てて、まるでリーマンショックの株価暴落が起きたかのように思い込んで不安に駆られる人たちが、今頃になって、改めてこの本にすがっているらしい。
- 作者: 岡田暁生
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2009/06
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最悪である。
要するにこの本が何のデモンストレーションかというと、
- (1) 世の中には信じられるものなど何もない。
- (2) しかしオレはオレを信じる。だから不安はない。
- (3) そしてオレが信じているのはこれだ。
という俺様三段論法だと思う。(読み返したわけじゃないけど、たぶんそんなとこだろう。彼はいつもそうだから。)
で、そんな俺様に周囲がすがる構図が何に似ているかというと、
第一次世界大戦で西欧諸国は次々金本位制から離脱して、世界大恐慌のあと、旧来の水準で復帰しようとしたのだけれども、その試みがことごとく失敗して(日本が金本位制に復帰したのが「金解禁」というやつで、これが失敗した怒りを買って浜口首相は暗殺され、のちに当時の蔵相も暗殺された、戦前は日本でも政治家がテロリストに殺されたんですよね)、そうしてそのまま世界は第二次大戦へ突入して、戦後どうなったかというと、とりあえず金(ゴールド)をたくさんもっていたアメリカが、金とドルの交換を一手に引き受けて、「俺様が通貨の価値を保証してやるからみんな安心しろ」ということになった。ドルと金の交換比率や他の通貨とドルとの交換比率が固定相場で決められて、IMFが動き出す。この協定が結ばれたのがニューハンプシャー州ブレトンウッズだったので、戦後アメリカの「俺にまかせろ金本位制」は、ブレトンウッズ体制と呼ばれている。
でも、その後案の定、アメリカは相場を維持できなくなって、1971年にニクソンがドルと金の交換停止を宣言した(=ニクソン・ショック)。で、以来、通貨は変動相場で動いている。
各国中央銀行の貨幣流通をめぐる動きが経済学で注目されていて、
日本の異常に長いデフレがどうなるのか、というときに、「もう経済成長なんてありえない」という運命論(先日のインタビュー記事を読むと片山杜秀ですらその立場に近いらしくて、やや心配、人間は安定した地位を手にすると、無意識のうちに、自分の幸福を際立たせるための舞台装置として他人の不幸を歓迎してしまうものなのか……)みたいなものに陥らないで済む可能性を考えるとしたら、このあたりの話が鍵になるとされているようですが……、
その文脈で、岡田暁生は、「音楽のブレトンウッズ - 単身で金本位制を復活させようと夢見た男」と呼ぶのがいいんじゃないだろうか。
でも、実際にはそんな力は彼にないですから。
よりによってこの本に吉田秀和が賞を出したのは、晩節を汚したんじゃないかと思うなあ……。
通貨というやつは、別に金や銀とか、そういう物理的な価値との交換を保証しないで流通させても大丈夫なようになっている。音楽もそう。価値を一元的に誰かに保証してもらう必要はない。
むしろ、そうやって人にすがるから、詐欺師が寄ってくる。
不換紙幣でやっていけるんじゃないか、という議論が最初に本格的に出てきたのがナポレオン戦争のときの英国だった、という話とか、めちゃめちゃ面白い。
- 作者: 若田部昌澄
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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ちなみに、この本に直接登場するわけではないけれど、モーゼス・メンデルスゾーンの息子兄弟は、対英国の海峡封鎖というナポレオンの政策を破って、ハンブルクで英国との物資取引(ナポレオン側から見れば密貿易)で利益を上げて、それを元手に銀行を大きくした(ヒトラーに財産を没収されるまで、メンデルスゾーン家はベルリンの大銀行だった)。その長男が作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンで、その頃からメンデルスゾーン家はバッハの楽譜のコレクターでもあって、親族のひとりがのちにチェロ奏者カサドのパトロンになる。そしてメンデルスゾーン家からカサドに贈られた遺品が妻のピアニスト原智恵子の元にあったのを国立音大が買い取ったのが、礒山先生の同校図書館長時代のお手柄ということになっている結婚カンタータの幻の演奏譜の発見(楽譜の鑑定をしたのは先般惜しまれつつ亡くなった小林義武)だったりするわけだから、自由主義経済における金融の歴史と市民社会の音楽の歴史は、その立ち上げ段階から、かなり近いところにあったし、めぐりめぐってわたしたちとも決して遠い話ではございません。
イギリスで、不換紙幣でいいのかどうか、と侃々諤々やっていたバンカーたちというのは、同時に、フィルハーモニー協会を作ったりした「コンサート文化の立役者たち」でもあるわけですしね。
そんな風に側面から考えても、岡田暁生流に「オレについてこい」式のことを言うのは、いかにも筋が悪い。
あの人に良識的な経済観念を期待するのは、お門違いだと思うよ。前から散々書いているけど。
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R.シュトラウス:歌劇《ばらの騎士》ザルツブルク音楽祭2004年 [DVD]
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最近カーセン演出の代表作をいくつか見ていて、ザルツブルクの「ばらの騎士」は悪くないなあと思うのだけれど、リヒャルト・シュトラウスがワーグナーの後を継いで世界の破滅と再生、象徴的な父殺し・母殺し、才能あふれるボクはそんなことをやるしかないのかなあ、とサロメやエレクトラを書いていたのが、もう嫌だ、世界の王者になりたいんじゃなくて、単に物質としてのシルバー、その渋い輝きが大好きなんだよ、と宣言したのがこの作品だと思う(ゴールドな金ぴかじゃないのが、フィッツジェラルドなアメリカのゴールデン・エイジ、すみれ色なパリを夢見るニッポン・タカラヅカ少女との違いか?)。
シルバー、ラヴ〜〜!と素直に言えるかどうかが、岡田暁生と広瀬大介の違いなのかもしれないね。
オペラの終焉: リヒャルト・シュトラウスと〈バラの騎士〉の夢 (ちくま学芸文庫)
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リヒャルトシュトラウス 「自画像」としてのオペラ《無口な女》の成立史と音楽
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