真・善・美はそのままにしておけば必ず腐敗する

世間は裁判沙汰が視野に入ったことで、「学問の世界がこんなにドロドロしたものだったとは、がっかりです……」という感じになっているようだが、組織は必ず腐敗する、ということではないかという気がする。

音楽も、ほっといたらどんどん俗っぽい感じにまみれていくものだと思ったほうがいい。

ただし、年度の最初ということもあるのか、客席が大変華やいで、みなさん感動したい意欲満々でいらっしゃって、実際、何人もの方が演奏後は立ち上がって拍手して「感動」を表現する、というヤンキー・セレブが微量に入った会場の雰囲気のなかで、ブレスラーが平然とああいうしっとりした音楽をやるのは大したものですね。

考えてみれば、往年の「巨匠」と呼ばれた人たちは、こんなもんじゃなく俗世の諸々にもみくちゃにされながら、それを押し返した、というか、そういう「腐敗して当たり前」のなかで途方もない光を放って、周りの「闇」を豪快にすっとばしてしまうのが本物だ、ということだったような気がする。

トラブルのひとつやふたつ、裁判のみっつやよっつで震えているようでは、ほんまもんではないのでしょう。

(それくらいの人じゃないと、ブレスラーと常設のアンサンブルを組むことなど、できそうにないもんなあ。)