デイジーとマリエッタ

読んでみた。

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

48歳(フィッツジェラルドが死んだ年を越えている)で読む話ではない気がする、という感想でおしまいにしようと思ったのだけれど、村上春樹訳をファンが熱烈に絶賛しているのをアマゾンのレビューで見つけて、色々面倒な案件になってしまっているらしく、「やれやれ」である。

乱暴な連想かもしれないが、過去のデイジー(ギャツビーがその思い出にすがり続けるような)と現在のデイジーって、「死の都」(原作は読んでいないのでオペラ)のマリーとマリエッタみたいなものか、と思う。

そんな読み方をすることがフィッツジェラルドの小説に何かを付け加えるかどうかはよくわからないが、

「死の都」(オペラの)をギャツビーに強引に引きつけて考え直すのはアリかもしれないと思う。(村上春樹経由のフィッツジェラルド好きと、先般の東西平行上演で予想以上に闇が深いかもしれないことが判明したコルンゴルト症候群な方々とは、結構、カブっているような気がする。)

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デイジーは、成り上がり者のギャツビーがどう思おうと、昔も今も大して変わりのないオバカなお嬢様、ということで多分いいんですよね。

で、コルンゴルトのオペラのマリエッタが、パウルの台詞にあるように「マリーの生き写し」なのだとしたら、マリーがどういう女性であったかということを劇中のマリエッタの言動から逆算して推測したっていいはずで、ということは、実はマリーは、「男が考える理想の妻」(貞淑で夫に尽くす等々……)ではなく、マリエッタのように奔放だった可能性はないのだろうか。

ギャツビーが勝手にデイジーを理想化しているように、パウルが勝手にマリーを理想化しているだけで、そんなことはマリー当人のあずかり知らぬことだった、とか(笑)。

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原作小説を読んでいないので、これはあくまでコルンゴルト父子の台本・音楽についての話ですが、

マリーとマリエッタが、外見はそっくりだけれども人間としての中身は別人だ、という風な造形へ誘導されるヒントは台本に色々あると思うし、コルンゴルトの音楽もそのつもりで作曲されているとは思うけれど、こうした造形はドラマ・物語の必然というより、舞台効果だと思うんですよ。

一人二役で演じることが指定されていて、舞台上に立つ人物の外見は「うり二つ」以外になりようがないので、無策な芝居だと思われないためには、別人ぶりをはっきりさせる演技・演出プランを立てざるを得なくなる。いかに演じ分けるか、が見所にならざるを得ない。

でも、こういう種類の一人二役って、かなりありがちな仕掛けですよね。バレエだけれど、白鳥の湖のオデットとオディールとか。

そして同じ人物が別人を演じ分けて客席にアピールするのって、どちらかというと、シリアスなストレートプレイというより、仮面劇のファンタジーやコメディの手法、「死の都」というオペラに仕込まれた通俗性だと思う。(これは、23歳の「天才少年」ではなく、劇場の裏も表も熟知した豪腕批評家=パパの発案ではないかと私は疑う。)

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で、先の新国のホルテン演出は、マリーをマリエッタとは別の黙役として出ずっぱりにしたわけですが、私は、そこでのマリーの演技・演出が気に入らなかったんですよね。

あの舞台におけるマリーは、定石通りにマリエッタと対照的なキャラクターになっていて、せっかくマリエッタとは別の人格として登場させたのに、そのことが驚きや発見をほとんどもたらさなかった。まるでマリエッタと一人二役で演じ分けたときの一般的なパターンをなぞるかのようなものでしかなかったし、その意味で、説明的だったと思うんですよね。出てこなくてもわかりそうなことを可視化して、わかりやすくする以上のことをやっていない。

やっぱりあれは、パウルがマリーのすばらしさを台詞と音楽で讃えているその横で、「なにいっとんねん、この男は」という風に動いてくれないと、勿体なかったと思うんですよね。幽霊になってまで散らかった部屋を甲斐甲斐しく片付けているのは、いかがなものか。

これでは、デイジーを最初っからおバカに描いているフィッツジェラルドにすら負けている(笑)。

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どっちにしても、「死の都」やギャツビーは、馬鹿者どもの生態でしかないとは思うわけですけれど、馬鹿にもグラデーションがあって、中途半端でこざかしい馬鹿と、救いようのない馬鹿という違いが、世の中にはありそう。

そしてのちにハリウッドの大先生になった作曲家さんのオペラのなかの馬鹿者どもが、ほぼ同時期のニューヨークのジャズ・エイジの小説のなかの馬鹿者どもに比べて中途半端なのは、なんか悔しい。

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