「コットさんはいう」

三善晃のいわゆる三部作を「風紋」→「詩編」と作曲されたのとは逆順に聴いていったのだが、やっぱりレクイエムは夜中に独りで受け止めるのはキツい。

三善晃「レクイエム」

三善晃「レクイエム」

  • アーティスト: 日本フィルハーモニー交響楽団,日本プロ合唱団連合外山雄三,東京混声合唱団,日本プロ合唱団連合,三善晃,外山雄三,田中信昭,田原富子,日本フィルハーモニー交響楽団,北原篁山,高畑美登子,百瀬和紀
  • 出版社/メーカー: 日本伝統文化振興財団
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実際に聴いたのは、学校で借りてきた1985年のサントリー音楽財団コンサートのライヴ録音だけれど。

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1960年代前半に日本の作曲家が相次いでコンチェルトを書いたのは、中村紘子や海野義雄や堤剛が若き才能として登場したからだと思うのですが、ヴァイオリン協奏曲について言うと、コパチンスカヤが総なめにしたような両大戦間のコンチェルトの名作があって、

http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20140620/p1

1930年代生まれの日本の作曲家たちは、そういうのを意識しながら、第二次大戦後の「一歩進んだ現代」の視点で俺たちはさらに先を行く、既にバルトークやストラヴィンスキーや十二音音楽の復習は済ませたし、海外のコンクールや音楽祭で同胞が次々入賞したりもしているのだから、ここで一気に俺たちは時代の最先端に立てる、いや、もう既に立っているのだ、俺たちがニッポンの文化を牽引しているのだ、という意欲と自負があったんじゃないかと思う。東京オリンピックで、時速250キロ(当時)の新幹線が開通した時代ですから、イケイケでワールドカップは楽勝で予選を通過、いっそ、シード権を得ていきなり本選トーナメントに招待されて当然だろう、くらいの勢いだったんじゃないかという気がします。(あくまで「心意気」の話だけれど。)

そしてこの1960年代前半というのは、ちょうど伊東信宏や片山杜秀(どちらも子どものころヴァイオリンを習っていた)が生まれた頃で、そういう意味でも話が合うんですよね。

で、一連のヴァイオリン協奏曲ブームの真打ちみたいに最後に出てきたのが三善晃の作品で、これが書かれたのはわたくしの生まれた1965年。三善晃は1933年生まれの2013年没ということは、うちの父親と生まれた年も死んだ年も一緒。ここまで気づいて、やっと三善晃を聞き直す気持ちになった。

三善晃の世界・ピアノ協奏曲

三善晃の世界・ピアノ協奏曲

  • アーティスト: 三善晃,瀬山詠子,若杉弘,本荘玲子,江藤俊哉,巌本真理弦楽四重奏団,読売日本交響楽団,黒沼ユリ子,小出信也,日本フィルハーモニー交響楽団,黒沼俊夫
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ヴァイオリン協奏曲に比べてピアノ協奏曲の影が薄いのは、演奏・録音のせいもあるような気がするが、それはまた別の話。

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三善晃のことを中心に手持ちの本をもう一回読み直すと、

作曲の思想 音楽・知のメモリア

作曲の思想 音楽・知のメモリア

彼が追い求めた音楽民主主義みたいなヴィジョンは、西欧の歴史・伝統に照らすと、アカデミズムと呼べるものではなく、いくつかの要因が組み合わさって「歴史」から遊離したエアポケットのようなもの、戦後日本の作曲はそういう場で営まれていたんじゃないかということを小鍛冶邦隆が指摘していて、

片山杜秀の本(2) 音盤博物誌

片山杜秀の本(2) 音盤博物誌

片山杜秀は、昭和8年生まれの少国民が「おんぶおばけ」を背負っているんだ、というお話を作っている。

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何の因果か知らんけれども自分たちの父親世代が独自の回路を組んでやっていた「日本版・前衛音楽」とは何だったのか。コパちゃんのアヴァンギャルドは、スタート地点が同じなのに、全然別の回路につながってフル稼働しているんですよね。「世界」は、オヤジたちが想定していたよりも、もっとずっと広くて強靱だった。

で、昭和8年というのは、片山杜秀は指摘していないけれども、橋本國彦の奉祝曲があるように、今の天皇が生まれた年でもある。三善晃は、そういう巡り合わせの人だ。

黛、武満、間宮、林と年齢は3つか4つしか違わないけれど、意識の差は結構大きかったのかもしれない。