オペラ「Nスペ」

このところ作品化された「語り」に興味をもちつづけている私としては、日曜夜9時の公共放送で多くの人の関心を引きつけることのできる人物を中心に据えたドキュメンタリーは、最高の条件で制作された新作オペラの初演に見えてしまう。

もともと、わたくし、今まで2度しか公開の場に出てきていない「彼女」の声(の使い分け)に強く関心を抱いておりましたので、今回、残念ながら彼女の出演はありませんでしたし、取材班が入手したというメールでのやりとりから、ああいう部分をああいう声で読み上げてフォローなしというのは、さすがにフェアじゃないように思いましたが、ともあれ、出演歌手の品定めをするように、出てくる人たちの声をひたすら鑑賞しておりました。

録画に失敗して最後の4分間をみることができなかったのですが、最高の聴き所は、なんといっても、神戸ポートアイランドの「医療産業都市」が話題になったところで登場した神戸市の担当者さんの見事な関西弁(←番組内で関西弁はこの人だけ!)と、その直後に登場する理研自己検証委員会の委員長さんのよどみなく流れる標準語の鮮やかなコントラストであったかと思います。

話の内容としても、前者は笹井氏の「研究者という以上にマネージャーとしてのずばぬけた実力」を指摘しており、関西弁には「本音をズバリ」がよく似合う、とでも言うべき「役割語としての関西」の伝統が見事に生きているなあと思いましたし、一方、後者のよどみない標準語は、「彼らはたった一本の論文で、一生掛けてやってきたすべてを失ったのです」とズシリと重いメッセージを視聴者の耳にたたき込む。深い余韻を残すアリアって感じだったように思います。

ドラマの前半に登場した現役科学者の皆さんは、山梨の若山センセをはじめとして、皆さん、ぼそぼそと、飛躍がないように言葉を細かくつなぐような話し方で、しかもテロップで単語を補わないといけない状態。人前で話すのになれていない感じが、かえって正直で嘘や飾りのない素材取って出しを印象づけていましたが、

一方、委員長さんのよどみない語りは、管理職・マネージャー職としての長年の経験で鍛えられたのだろうなあと思わせ、そのまま文字おこしすれば、書き言葉になりそうな完成度。この委員長さんの語りの整い方は尋常ではなく、「マネージャーとして能力が高い」と評された笹井氏の記者会見時の語り口調(国内トップクラスの研究者という前振りの割には言葉がヒラヒラして、腹の据わった感じじゃない部分を使われてしまってましたね)など及びもつかない立派な話しぶりだったことに、本当に吃驚しました。

(このシークエンスが執務室の扉を開けて入るところから始まっているのは、重役クラスの大事なアリアにふさわしい堂々たる「前奏」でしたよね。)

笹井氏に引導を渡すのは、このような「声」でなければならない。そうでなければ、ドラマが締まらないんだなあ、なるほどなあ、と思いました。

さすがは天下のNHK。どの声をどのように配置してドラマをまとめあげれば視聴者の満足が得られるか。勉強になります。考える前に聴かせる見事なメロドラマ。「科学」な要素は少なめだった気がするけれど……。