「共和国のオペラ」における翻訳者の運命:森岡実穂さんの活動について思うこと

現代のオペラ演出を研究者の立場から数年来追いかけていらっしゃる森岡実穂さんは、ドイツにおけるコンヴィチュニーの位置をよくわかった上で彼の日本での仕事を一貫して応援して、びわ湖ホールのアカデミーでは、稽古の成り行きをログに残してウェブに公開することで、稽古場と外の世界をつなぐメディア役を買って出ていらっしゃいました。

若手オペラ演出家を支援する取り組みを充実させるために、他にも具体的に活動しておられるようですし、おそらく、コンヴィチュニーの「野望」と言って良いだろう日本での活動に、最も献身的に奉仕している存在だと思います。

(もうお一方、森岡さんと同じ独文学者の山崎太郎さんも、びわ湖のアカデミーの常連で、アルファベータのコンヴィチュニー本を編集して、一連の取り組みを記録に残し、アカデミーでは、助演や合唱に参加したり、「魔笛」の秀逸な訳詞も担当されました。「神々の黄昏」の市販DVDの画期的に明快な字幕とともに、「日本におけるコンヴィチュニーの足跡」を後世が語り継ぐとしたら欠かせない存在になるんだろうなあと思いますが、山崎さんの場合は、あくまで歌とオペラを愛する独文学者というスタンス、一切ネガティヴなニュアンスを交えない意味での理想的なディレッタントのお立場であり、「野望」にコミットする、ということではないようにお見受けしました。びわ湖の夏を毎回一番楽しく過ごされたのは、山崎さんではなかったか。)

さて、森岡さんの活動、言動で、ひとつだけ、ずっと気になっていることがあります。演出家と歌手の関係をどのように考えていらっしゃるのか、ということです。

ご自身は学生オケでティンパニーを叩いていらっしゃったようで、音楽との縁は浅くないはずなのですが、もしかすると、オペラとの関わりは、そういう「趣味としての音楽」とは別の取り組みである、文学研究としての演劇論のさらにその一分野としてオペラ演出を扱っているのだ、ということで、意識的に一線を引いていらっしゃるのかもしれないですが、でも、コンヴィチュニーは、かなり明白に、その種の「垣根」を取り払って、演出家と歌手の関係を組み替えるように促し続けているわけですよね。その点をどう捉え、ご自身がどう関わろうとしていらっしゃるのか。

      • -

端的に言えば、コンヴィチュニーが作ろうとしているのは、オペラにおける「共和国」だと思います。

宗教的権威や階級を固定する身分社会への敵意は、彼の演出の様々な局面に明白な政治的メッセージとして埋め込まれています。そしてそうした、上演に埋め込まれたメッセージの受信・解読は、むしろ、森岡さんの得意分野で、周到なお仕事ぶりに私ごときが文句を言う筋合いのものではありません。

でも、彼の稽古の現場には、それとは別の種類の「共和国への促し」があると思うのです。

ーーーー

第一に、彼は稽古の場を厳格に主催して、その場を切り盛りしていきますが、自身が「王座」に君臨することは断固拒否し続けますよね。

先日の「椿姫」最終日の発表会で、象徴的なシーンがありました。

スタッフ(たぶん演出受講生たち)は、コンヴィチュニーが奥様と一緒に見るということで、一般の観覧席のさらに前に、椅子を2つ並べた特別席を用意していたわけです。秘かに私は、「これ絶対、彼はいやがるだろうなあ」と思ってみていたら、案の定、コンヴィチュニーは、Es geht nicht(ありえない)と叫んで、特別席を撤去させて、一般席に座っちゃいました。こういう日常のミクロな権力関係に、彼はものすごく敏感ですよね。

(もしかすると、このあたりは「日本的」な気遣い・駆け引きで、助手さんたちが、絶対に断られるのを見越したうえで、それでも「先生への特別な敬意」を示さないわけにはいかないから特別席を用意した、ということかもしれませんが(=来客から差し出された「手土産」は、必ず一度断って、再度強く、是非に、と言われてから、いかにも渋々、という所作で受け取るのが美徳である、みたいな(笑)。)

あるいは、講演などのパブリックな場では、自分の関わった仕事を、必ず「我々の○○」と呼び、主語を単数にすることはありません(よね)。

どこまでがドイツのこの世代の知識人の一般的な行動様式なのか、どこからが彼個人のポリシーなのか、見極めるのは困難ですが、とにかく、日本に立ち現れたコンヴィチュニーは、徹底して「君主のいない共和国の住人」として振る舞いますし、劇場(稽古場)が「共和国」であることを求めます。

(これと関連して、通訳の蔵原順子がそういうスタンスを心得て、歌手や受講生を可能なかぎり、全員、名前で呼ぶ、というような心遣いを交えながら、「先生がこうおっしゃっています」式の通訳を避け、コンヴィチュニーが直接受講生に語りかけているかのような話法を通したこと、そしてそうすることで、ドイツ語・ドイツ人と日本語・日本人の間に、西洋文明の中心と東アジアの辺境とでも言うべき副次的な権力関係を一切発生させなかったことは、一連のアカデミーを円滑に進める上で不可欠の特筆すべきことであったと思いますが、これはまた別の機会に。)

ーーーー

第二に、ここが重要ですが、歌手との関係においても、コンヴィチュニーはフラットな状態を保とうとしますよね。

そのことは、適宜、客席全体に向けて「説明・解説」しているので、森岡さんのログを探せば、きっと、彼自身の言葉が見つかるだろうと思いますが、

「ここはこうしてはどうだろう」というアイデアを、原則として、彼は「提案 Vorschlag」として投げかけて、採否は歌手自身に決めさせる態度を貫きますし、歌手から自発的なアイデアが出てきたときには、大喜びでそれを採用する。芝居がうまくいかないときには、歌手の横に並んで同じことをやり、「一緒に考えよう」、オレはお前の仲間だよ、というメタメッセージを発したりもする。

指導者というより、歌手と接する態度は、ほとんどカウンセラーなんですよね。

おそらく森岡さんは、こういうシーンが頻出するのを「日本の若い歌手は何も知らないオコチャマで、コンヴィチュニーのような世界的演出家が、子どもをあやすように同じ目線に“降りて”あげないといけない状態なんだ」と理解して、だからアカデミーのあと、いかに日本の歌手が未熟なままの状態に留めおかれているか、その「窮状」を訴える発言を繰り返していらっしゃるのだと思いますが、

私は、森岡さんは状況を見誤っていると思います。

その証拠に、今回取り上げたトラヴィアータは、第一ソプラノと第一テノールが渡り合うスター興行の人気演目なわけですけれども、コンヴィチュニーは、ヴィオレッタとアルフレード、それぞれのアリアの演出では、少なくともその最初の稽古では、カウンセラーとして「目線を下げる」どころか、歌手たちに「歴史的大歌手」に接するときのような最大級の敬意を払い、明らかに「特別扱い」していました。

彼のなかに、誰が未熟で、誰が秀でているかを自らの接し方によってランク付けするような、「教師としての権力行使」の意図は、おそらく皆無だと思います。

そうではなく、劇場という場、ベル・カントにしてドラマチックなヴェルディ・オペラというジャンルそれ自体が不可避的に生み出す人間関係の構造というものがあって、歌手たちはその構造に、所定の格子として組み込まれてしまっている、というのが、彼の出発点にある認識だと思います。そして、ときにはカウンセラーのように「同じ目線」で問題に取り組み、ときには舞台中央に君臨するプリマに敬意を払うのは、そのように既に構造化されてしまっている劇場・オペラの人間関係を、自らが目指す「共和国」のフラットな関係に組み替えるための「政治折衝」なのだと思います。

要するに、演出家としてのコンヴィチュニーは、非常にわかりやすい形で、インテリ左翼の共和主義者だと思いますし、政党が代議制の議会で闘うマクロな政治と直接連動するようなプロパガンダに背を向けて、日常(彼にとっては劇場もまた日常だ)のミクロな権力構造への闘争を仕掛けるところは、ニュー・レフトのシンパと見て良いと思います。彼の行動・言動は、まさに、それそのものなわけですから。

      • -

劇場をニュー・レフトのマイクロ・ポリティクスの実践として「共和国」にしようとするコンヴィチュニーの取り組みから、「オペラ歌手はもっと勉強しなくちゃね、頑張って!」というメッセージを取り出す、という振る舞いについて、二種類の正反対の評価が可能だろうと思います。

第一の評価:現在の日本の政治・社会情勢で、コンヴィチュニー流のニュー・レフトの共和国の理念がそのままで支持され、受け入れられる可能性はきわめて低い。しかし、彼の存在は、オペラ歌手がおのれの未熟さを自覚して、もっと勉強しよう、と啓蒙・啓発される刺激になるはずだから、そのように、範囲を限定してコンヴィチュニーを「利用」すればいいのではないか。(いわば、危険な原子力の平和利用です(笑)。)それは、他我の政治・社会・文化状況の違いを踏まえた一種の「翻訳」、創造的誤読として、十分に許容されるはずだ。

もしかすると、この方式でコンヴィチュニーを喧伝しておけば、彼の名前がそれなりに安全に広まって、数十年後に、見事に成功した歌手が「最も影響を受けた恩師のひとり」としてコンヴィチュニーの名前を挙げる、という心温まる光景を見ることができるかもしれない。これまでにも、このような方式で「外国の尖ったアーチスト」から「牙を抜いて」、日本の環境になじませた例は数限りなくあると思いますし、ちょっと意地悪な見方をすれば、日本の大学の外国文学研究・外国文学の翻訳は、そのような「危険な輸入品の濾過・検閲機構」として存続してきたとも言えるわけですから、何ら、非難されるには当たらない。(「オシムの言葉」を、サッカー選手のトレーニングに役立てるより、自己啓発本として売るほうが、日本ではうまくいくのです。)

でも、正反対の論を立てることも可能だと思います。

第二の評価:コンヴィチュニーの演出、彼が指し示す「共和国のオペラ」には、偽善者への告発が見誤りようもなく装填されている。社会的な地位と体面を優先して、子どもたちを暴力で支配し、ヴィオレッタに「身を引いてくれ」と迫るジェルモン。あるいは、夜の女王とパミーナを捨てて男性だけの宗教共同体を率いるザラストロ。コンヴィチュニー流の「共和国のオペラ」は、彼らの権威が失墜する軌跡を描き、彼らに反抗し、彼ら自身に変容を迫る存在こそが、ドラマの主人公と位置づけられているわけです。このように構成されたドラマを、「権威と名声によって、未熟な者を啓蒙・啓発する」という枠組みで受容するのは、あまりにも滑稽であり、カリカチュアにすらなっていないのではないか。

つまり、森岡さんは、よかれと思って頑張っていらっしゃるのだとは思うけれども、あなたの善意は、結果的に、ジェルモンやザラストロに似てしまっているのではないかと思うのです。(あなた(やわたし)が教壇で歌い上げるアリア「プロヴァンスの海と陸」は、間奏になったところで歌手から猛烈な反撃を食らうかもしれない。そして一方、わたしたちは、「コンヴィチュニーの共和国、いいよね!」と言いながらも、パミーナが白い布をさっと投げ上げることをきっかけとする革命の歓喜を実感を伴って演じることができないという現実がある。その前提で、それを既存の条件として何ができるか、ということだと思うのです。)

そのことを、どのようにお考えなのでしょうか?

私は、「演出の名教師コンヴィチュニー」を喧伝するのと引き替えに、「日本の若手歌手はいかに未熟か」と言い募るのは、いってみれば、未来ある若手歌手を生贄に捧げることによって、自分の願望を実現しようとする野蛮さを秘めていると思います。(なんだか全共闘の総括・同志に自己批判を迫るかのようなレトリックで恐縮ですが……。)

おそらく、森岡さんは、「演出」に肩入れし過ぎだと思う。

もし、若手に引き続き勉強の場を設けようとするのであれば、今一番必要なのは、演出家「だけ」が結束するのではなく、演出家と歌手がフラットに交流できる場で相互理解を深める努力をすること、演出家と歌手が同じテーブルに付ける努力ではないでしょうか。

歌手を「未熟者」呼ばわりするのは、むしろ事態・関係をこじらせるばかりのように思います。

(本当は、そういう可能性へ向けた取り組みをしていらっしゃるのかもしれませんが、だとしたら、そっちを表に出さないと、今のままでは、「オペラ歌手へのdis」を誘発して、逆効果だと思います。)

トラヴィアータにおいて、コンヴィチュニーは「私はヴィオレッタの側に付く」と宣言しました。そしてこれは、ベルカントにしてドラマチックなヴェルディ・オペラという権力の場における希望は、頭でっかちの演出家(自分自身とその分身であるアルフレード)でもなければ、権力者(ジェルモン)でもなく、プリマドンナである、という風に、畢生の逆説を仕掛けていると思います。

以上です。生意気なことを言って恐縮ですが、乱文ご容赦くださいませ。