吹奏楽の民主化

1976年度の『バンド・ジャーナル』誌上で、吹奏楽から「右翼的」軍国主義的」「国粋的」「封建的」「縦社会的」(すべて括弧付きとしておきます)な傾向を一掃しようとする、ささやかなキャンペーンが張られているのを発見してしまった。

「ようやくこの国にも根付きつつある市民運動」の精神で、「作曲家」たちは、一方的に自分たちの思いを主張することを止めて、「聴衆・演奏者が求めているもの」に耳を傾けなければいけない。

「生きることは虚しい」などという「中世以来の」「死者の声」ばかりに耳を傾ける美意識、「人間性無視・圧殺の道徳と倫理観」を脱却して、「生きている現在と未来」を最大限に生かすことが大切なのであって、それでこそ「国際的に通用」する気風が吹奏楽の世界に根付くでありましょう。そしてそうすれば、武満徹や間宮芳生のように「今では世界の最高水準であるといわれている」日本の作曲家たちも、吹奏楽を書いてみようと触発されるでありましょう。

まず、自分たちが変わらなければいけないのです!

……という論調が一年にわたって展開された末に、1977年から、バンド・ジャーナルの誌面は「読者・ユーザー」目線の「明るく楽しい」編集方針に一新されるのでした。

(それは、戦前から管楽器・吹奏楽に関わってきた初代社長・目黒三策(戦時中の悪名高い雑誌統合の国策で誕生したのが音楽之友社です)が1974年に亡くなり、音楽之友社が社内的にも「心機一転」しやすいタイミングだったのでしょう。)

ーーーー

朝日新聞が大変だ、という話題がネット上(だけなの?そうじゃないの?)で広がっているらしいタイミングでこういう文章を読むのは感慨深い。

朝日新聞を叩く人たちは、40年前に戻って、この人たちと論戦を闘わせて欲しいかも……。だって、「私たちの好きな吹奏楽」は、こういう、今読むときわめて「朝日新聞的」に見える(でもって色々おかしな思い込みを含んでいる)リベラルな消費者運動の上に花開いているのは間違いのないことなのだから……。

(朝日新聞の対応が硬直しがちなのは、別にあの会社にさほど硬派なイデオロギーが宿っているとは到底思えないから、単に、組織が大きくなりすぎた「大企業病」(おそらく社内は独立国のようになっていて、内輪の派閥抗争を繰り広げていたりするのでしょう)に過ぎないと思う。そして1970年代以後の「リベラルな消費者」の功罪は、これとは別に、じっくり総括すべきことなんだろうと思います。

ちなみに、全日本合唱連盟と全日本吹奏楽連盟は、どちらも事実上、朝日新聞が資金面・運営面をすべて取り仕切る形でスタートしたアマチュア団体の元締めですが、それぞれ1960年代終わりから1970年代初めに法人化して、新聞社との関係を保ちつつ、団体としては独立しました。そして面白いことに、日本の吹奏楽は、朝日新聞社におんぶにだっこだった頃よりも、独立したあとのほうが、むしろ「リベラル」なんですよね。

つまりは昭和の終わりの20年が「そういう時代だった」。吉田秀和や柴田南雄の全盛期で、今でも中年以上のクラシック関係者が暗黙のうちに、ああいう時代に戻れたらorああいう感じをもう一度取り戻すことができたらなあ、と夢見てしまう時代でもあると思いますが、あの頃は、微温的にリベラルでいられる平和な世の中だったんですよ。

そして新聞社は、時代を先取りしつつそこへ乗っかっていくのが商売だからそうしていたのだけれど、大きくなりすぎたから、カーヴを曲がるのが不細工で鈍重になっちゃった、ってことに過ぎないんじゃないですかね。別に私には、朝日新聞社の肩を持つ義理はないが。)