ピアノを弾く蟹

ユジャ・ワンをYouTubeで探して聴いてみた。

身につけている布の分量が相対的に少ないことで知られる人らしいですが(笑)、この人の演奏姿をしばらくみていると、ああ、ピアノの鍵盤というのは横一直線に細長いんだなあということに気づかされる。どんな曲を弾いても背筋がピンと伸びて、鍵盤との距離が常に一定なんですね。身体が垂直に伸びた棒と化して、その傍らには水平の白い板(鍵盤)があって、ちょうど電柱から電線がつながるように2本の線分(腕)が縦棒と横板を結んでいる。ピアノとの関係が無駄のない図形になっていて、それで何でも同じクオリティで弾けちゃうんだな、と思いました。

鍵盤との間隔が常に一定だから、のめりこむでもなく、どこかへ幽体離脱するでもなく、クールで客観的な感じがする。

でも無表情というわけではなくて、何らかのアピールをしたいときには身体を左右に動かすようだ。首をかしげたり、身体を斜めにしたりする場面がある。ただし、そういうイレギュラーな動きは、すべて、鍵盤との距離を変化させない横方向(鍵盤と平行)なんですね。

だから、なんだか蟹みたいだなあ、という気がしてくる。

演奏が終わって挨拶するときの身体が左右非対称なのも、同じ原理なんじゃないだろうか。この人は対象との距離が変化することが許せない人で、何らかの特別なアピールをするときは、鍵盤に対してであろうがお客さんに対してであろうが、身体が横方向に動く。

だからどうした、と言われても別にオチはないのですが、音楽が目の前の水平の板の上の運動に還元されちゃってるパフォーマンスというのは、今まで、ありそうでなかったかもしれませんね。

そして電柱(身体)と電線(腕)には、余分なヒラヒラが少なければ少ないほど、パフォーマンスの特徴がわかりやすくなる。鍵盤と直接接触する指先も、動きにロスがなくて、電線が枝分かれした10本の支線って感じですもんね。

それは極東のエロオヤジのスケベ目線とは何万光年も離れた遠い星の出来事であるように思われる。