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国民国家とナショナリズム (世界史リブレット)

国民国家とナショナリズム (世界史リブレット)

吉田寛『“音楽の国ドイツ”の系譜学』シリーズ第1巻の序章は、ナショナリズムを「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)の通俗的理解(だけ)で処理できたつもりになってはいけないのではないか、と指摘する文脈でこの本を引用しており、

このドイツ、フランス、イギリスそれぞれの国民国家形成とナショナリズムの比較の要点をコンパクトにまとめたリーフレットは、

国民国家/ナショナリズムは、はたして本当に多くの地域に輸出・移植可能な汎用規格、標準モジュールなのか?

と読者に再考を促すだけでなく、

「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)の名の下になされている国民国家/ナショナリズム批判には、しばしばアルチュセールの国家装置批判(浅田彰の「構造と力」がポストモダン/ニューアカ世代にこの人を紹介する巡り合わせになった懐かしい名前ですね)が混じっていて、むしろアルチュセールの議論とみなしたほうがいいことが多そうだ、とも書いている。

著者は行儀のいい人なので、以下のような乱暴なことは言わないけれど、

マルクス主義者さん(もしくは最近では「リベサヨ」という名称で括られるらしいそのシンパさん)からすれば、資本主義は永久革命によって揚棄されるべきシステムなのだから、システムを批判して倒す、という大義のためには、議論が粗雑になってもいい(目的のためには手段を選ばず)かもしれないけれど(まあ、左派にかぎらず、イデオロギーのプロパガンダ合戦はそういうことになりがちだけれども)、学者がこの種の粗雑さに安易に乗っかるわけにはいかない、ということでしょうか。

英国史で、「大英帝国/連合王国(ブリティッシュ)/イングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランド」という三重のアイデンティティの話をさらに掘り下げた本にどういうものがあるのか、私はよく知りませんが、

ドイツは、そもそも国境すら定まっておらず、「ひとつの国」だった時代のほうが短い、というか、どういう風な「ひとつの国」であれば安定するのか、さっぱりわからん地域であって、だからこそナショナル・アイデンティティが問題になるらしい。この件は、松本先生の記念碑の話に進むと、さらにくっきりしたイメージを得ることができる。

記念碑に刻まれたドイツ: 戦争・革命・統一

記念碑に刻まれたドイツ: 戦争・革命・統一

そして谷川稔先生はフランス史がご専門で、代表的な業績はこれなのだと思う。

十字架と三色旗―もうひとつの近代フランス (歴史のフロンティア)

十字架と三色旗―もうひとつの近代フランス (歴史のフロンティア)

プーランクがオペラにした「カルメル会修道女」でフランス革命における教会弾圧があったことはなんとなく知っていても、こういう風にすさまじく徹底していたとは知らなかったし、「村の司祭」と「学校教師」の役割から1905年の政教分離まで、根の深さを知らなさすぎたことに唖然とします。

西洋音楽史としては、1990年代に順次翻訳された「西洋の音楽と社会」シリーズを眺めるだけでも、西洋音楽のバックグランドとしての「西洋の社会(の歴史)」についての理解を色々アップデートしたほうがよさそうだと思わざるを得なかったわけだが、ほんとにちゃんと勉強する気があれば、同じ時期に日本語で既にしっかりした本が出はじめていたということですね。

私は、先の山川出版社のリーフレットと「十字架と三色旗」が同じ著者によると気付かずにまとめて買って、家で読み始めたら同じ人の本だったので、恥ずかしいような、ちょっとだけ自分の勘を誉めてあげたいような、妙な気分になりましたが、

西洋史について、そういうぼんやりしたイメージしか持っていないおっさんが、ひょっとすると他にもいるかもしれないので、メモした次第。

「世間」があまりにバカで不勉強だと、大学の先生たちがいいこと言っても反応できず、せっかくの「優秀な頭脳」がやる気をなくしちゃうみたいだからね。

ハイコンテクストな研究成果に到達してしまうと、成果そのものをポンと出すだけでは周囲に伝わらず、それを解読するためのコンテクストを本人か周囲の誰かが示してあげる必要が生じる。この生態系が「知」ですよね。

(吉田寛先生が選者になって、どこかの書店がブックフェアをやるといいんじゃないか。)

オーストリア史は、昔から音楽ファンがボヘミア、モラヴィア、ハンガリーなど東欧に関心を寄せていて、それなりに色々な本があるけれど、ウィーン1848年革命のことを当時のウィーンの地図の説明からはじめるこの本は、普通の音楽ファンの視界に入らない人々が活躍して面白そうだ。(この本のことは、→ http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20150318/p2 で感想を書いた『歴史学ってなんだ?』で知った。まだ読み始めたばかりだが。)

青きドナウの乱痴気―ウィーン1848年 (平凡社ライブラリー)

青きドナウの乱痴気―ウィーン1848年 (平凡社ライブラリー)