Sinfonietta × Symphonette → Sinfonetta

シンフォニーに縮小語尾をつけたいときはどうするか。

小さな交響曲(楽章数が少ない場合もあるし、編成が小さい場合もある)という意味では、イタリア語に遡った Sinfonietta という言葉が最も広まっているかと思う。そして小編成楽団が Sinfonietta を名乗る場合もある。

他には、Kleine Symphonie という曲名もあるし、シェーンベルクの Kammersymphonie の場合は、「本質主義」風に、大文字の室内楽と大文字の交響曲の中間、もしくは、結合による止揚(単一楽章に凝縮した感じもある)みたいな意気込みだったのかもしれないが、Sinfonietta は、イタリア語なのに実はイタリア人による用例が少なく、アルプス以北の音楽家たちが好んたらしい。世紀転換期の誇大妄想気味に肥大する芸術の自意識にウンザリした人たちの肩の荷を降ろしたい思いにこの言葉はぴったりだったのだろう。

(Sinfonietta の語が好まれたのは、英国や東欧・ロシアの作曲家が弦楽合奏のセレナードを書きたがったのとも似ているが、セレナードの古きよき時代への郷愁よりも、古い殻を脱ぎ捨てて若返るニュアンスが強いかもしれない。)

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ところが、大栗裕は、自作のマンドリン・オーケストラのためのシンフォニエッタを、しばしば

Sinfonetta

と誤記している。しかも初演の実況録音を聞くと、司会者も、しばしば「シンフォネッタ」と発音しているのが確認できる。

何かありそうだと心当たりを検索して、見つけたのがこれだ。

The Longines Symphonette was a pre-recorded classical music program broadcast nightly on many Mutual Broadcasting System stations from 1943 to 1949. It then moved to CBS where it was heard Sundays at 2pm from 1949 to 1957.

The Longines Symphonette - Wikipedia, the free encyclopedia

ラジオのクラシック音楽プログラムで、Longines watch company がスポンサーだったらしい。レコードも出していて、これはのちにワーナーに売却されたが、再発売時には1990年代まで Symphonette Society とクレジットされていた、というようなことが書いてある。

これだけでは断定できないけれど、日本のシンフォネットの用例としては、コロムビアの専属楽団が「コロムビア・シンフォネット」の名前でクレジットされたレコードがあるらしく、大澤壽人は、戦後、セミクラシックで再出発したときに、自分の楽団を「大阪ラジオ・シンフォネット」とか「ABCシンフォネット」と称している。

  • (a) 世紀転換期ヨーロッパにおける「外来語としてのイタリア語」であるところのシンフォニエッタ(Sinfonietta)
  • (b) レコード、ラジオ時代の新潮流で、敗戦後の占領時代の記憶とともにアメリカ風味のセミ・クラシックとの結びつきが強そうなシンフォネット(Symphonette)

どうやらこの2つが、1960年代の大栗裕と関学の周囲では微妙に混線していたようだ。

ややこしいことに、戦後のラジオで「シンフォネット」を打ち出した大澤壽人は関学の出身で、でも、マンドリン音楽は、sinfonietta という言葉が生まれたのとちょうど同じ頃、イタリアからドイツに伝わり、手軽なアマチュア合奏として大流行している。

関学のマンドリン曲の楽譜の Sinfonetta という誤記は、なかなか味わい深いかもしれない。