ドルビー博士

オープンリールテープをセットしたり、切ったところをつなぐのが楽しくなってきたところだが、今度はカセットテープを扱っている。録音技術史の実習のような日々で、久々に「ドルビーB」サウンドを体験しております。

映画のサウンドトラックにおけるドルビーシステムの登場は、スターウォーズとか未知との遭遇のような大ヒットSF作品と結びついているので今でもよく記憶されていると思うのだけれど、音響技術としてのドルビー・ノイズリダクションは、80年代にデジタル音声が出てきたので、プロの現場以外では、もうほとんど意識されることがなくなっているような気がするのですが、どうでしょう。

でも、実際に久々に「ドルビー」の音を聞くと、ベースになっている音が薄いのに(オープンリールのあとでカセットの音を聞くと、とりわけそれを感じる)、コンサートのライブ録音でも、独特の空気感みたいのがありますね。

ああ70年代の子供の頃は、こういう音を聞いていたなあ、とちょっと懐かしい。

LPからFM放送で普及したステレオ・サウンドと、磁気テープに独特の空気感をもたらすノイズ・リダクションと、オン・オフで有音・無音を区切るデジタル信号処理は、実は別々に出てきたことですよね。

おおまかに言えば、ステレオ・サウンドはレコードのような商品の新機能・付加価値で、ノイズ・リダクションは磁気テープに記録された音(記憶)の質感の問題、鏡の性質が自分自身の視覚イメージを決めてしまうように、人間様がオノレの姿をどのようにイメージするか、という問題で、ドルビーがいいと思うのは、野太くて奥行きのある人間像より華奢で希薄な空気感を漂わせる人間像を好む時代の技術という感じがします。そしてデジタル信号処理は、電気とつきあわなければ音楽制作ができなくなった時代を象徴していて、クリエイターの問題ではないかと思う。

このあたりに、CD/MIDI以前の20世紀半ばの音響論をもっと精密にやる糸口があるんじゃないかという気がしないでもない。