録音の「露出」

F値だの露出だのシャッター速度だのISO感度だのという語彙を中途半端に覚えると嬉しくなっちゃって、オーディオ(音響再生産技術ですか?)を巡る語彙の数々(ダイナミックレンジだとかS/N比だとかマイクの指向性だとか)は、カメラ用語のどれかと一対一で対応してはいるわけではないにしても、技術的に操作可能なパラメータに分解して音響像を組み立てる発想が、カメラ的/光学的なのかもしれないなあと思ってしまったりする。

で、朝比奈隆の演奏(に限らないかもしれないけれど)は、そういう曲を選んでいることもあって、たいてい、曲の一番最後に音圧が最高レベルに達するわけだが、

(大フィルは今でも、特にフェスに戻って来てから、この、一番最後に「出し切る」スタイルが再び顕著な気がします。そういう曲を意図的に選んでスタイルを作っていこうとしているのかなあ、と思う。)

オープンリールの音は意外にいい、しっかり情報が記録されているじゃないか、と感心しながら聞き直していると、このラストの音圧のピークでブラスがものすごい音になっていたりする。

ひょっとすると、私の機材の設定が適切じゃないから音が割れちゃったのかなあ、と思って確認するのだけれど、針が振り切れているわけじゃないので、元のテープがそうなっているようだ。

で、手持ちの市販のCDと比較すると、やっぱりこっちも同じような音が同じような音圧で入っているので、こういう風にしか録音できない演奏をしていたんだなと納得する。

「朝比奈の演奏は音がデカかった」

は、音圧を調整して録音媒体に収まるサイズに調整しても、とりきれない種類のデカさだったのかもしれない。

(別に神秘化しようとしているわけではなく、レンズやマイクは、その特性上、採れないものがある、というのを手がかりにして、デカさの正体にアプローチできるんじゃないかと思っているが。)

↑これは何の曲か、わかりますか?