業務用寄贈録音と私用所蔵録音の区別: 音楽家のアマチュア指導とは何であるか?

上の話と緩やかに関連するが、大栗裕はどうやらオープンリールテープをほとんど自分で購入していないことに気付く。カセットテープ登場前はオープンリールでラジオのエアチェックをやっているが、これはほとんどが寄贈されたテープの使い回し(上書き重ね録り)だ。

一方、カセットテープのほうは、残された過半数がFMエアチェック用に自ら購入したもので、仕事の関係で贈られたテープ(自作の演奏が入っている)は20本程度にとどまる。

どうやら大栗裕の手元に残された録音テープには、楽曲提供もしくは作品製作もしくはアマチュア指導の準備用素材もしくは事後の対価・返礼として依頼主から寄贈された「業務用録音」と、もっぱらFMのエアチェックや音盤ダビングに使う「私用録音」の区別があって、オープンリールは「業務用」、カセットは「私用」という対応があるようだ。

そしてさらに言えば、LPレコードも、ほとんど個人で購入した形跡がなく、オープンリールに準じた「業務用録音」が大半である。

これはつまり、大栗裕にとって、オープンリールやLPレコードは、いわゆる「趣味の音楽鑑賞」の道具ではなかったということだと思う。

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とはいえ、手軽に使えるカセットテープの登場まで、大栗裕にとって音楽とはもっぱら「シリアス」な「Work」であり、カセットの登場によってようやく「プライベートなホビー」に目覚めた、という風に技術決定論もしくはメディア論風に結論づけるのは早計だと思う。

オープンリールテープの一部を私的なFMエアチェックやレコードのダビングに流用しているのは、カセットの登場以前から、大栗裕がラジオやレコードを「聴く楽しみ」を実践していたことを示唆している。

そしてカセットの登場により、それまでであればわざわざ録音せずにリアルタイムに聴いて済ませていたものまで録音するようになって、「聴く楽しみ」の痕跡が残るようになったということだと思う。

晩年のFMエアチェックへの熱意を見ると、気軽にログを残せる機械が出現したことで「聴く行為」が変質しつつあった可能性はあるけれど、1982年に亡くなってしまったので、業務でカセットテープをやりとりしたり、カセットテープへの記録が業務の領域に持ち込まれることはなかった。

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で、マンドリンオーケストラのコンサートの録音を「Work List」でどう分類したらいいか、ということについては、創作・指揮……といった仕事の種類のひとつとして「アマチュア指導」があって、残された録音は指導記録と考えるのが穏当かなあ、と思いつつある。

指導を受けた部員からコンサートの録音を贈られているわけだから、テープが彼の手元に残るに至った経路は他の「業務用」とひとまず同じだ。

つまり、大栗裕の Work List をちゃんと作ろうとすると、「アマチュア指導」という音楽家の業務の位置と実態を明確にせねばならないということだ。

戦後日本のクラブ活動における音楽家のアマチュア指導は、西洋流のディレッタンティズムや日本の伝統的なお稽古事と、どこが同じでどこが違うのか。