歌謡曲とクラシック音楽

歌謡曲は、知らず知らずに「日本の音感」で作曲されている、というかつての小泉文夫の主張は、今となっては「創られた日本の心」のヴァリエーションと言われざるを得ないだろうし、レコード歌謡が自然発生的ではない「製品」としてどういう風に製作されてきたか、それを物語るだけでもポピュラー音楽研究は存在意義がありそうだと思うけれど、

西洋の芸術音楽・商業音楽が日本のレコード歌謡に影響を及ぼす、ということだけでなく、「歌謡曲」とか「J-POP」という言葉があったレコード歌謡の全盛期には、レコード歌謡が「日本のクラシック音楽」に影響を及ぼしていたのではなかろうか。

出版社がマンガや週刊誌の売り上げで文芸誌を出すように、大手レコード会社がクラシック音楽の音盤をリリースできたのはレコード歌謡の収益があったからだろうし、録音技術者やその他の関係者が共通であったり、他にも色々あるだろうけれど、日本のクラシック演奏家へのレコード歌謡の影響、というのがありはしないか。

ベートーヴェンの畳みかけるアパショナートが、まるで、うたごえ酒場のロシア民謡風のブンチャンとして演奏されたり、

イタリア歌曲やドイツ歌曲の「言葉がくっきり聞こえる歌唱」が、実は大滝詠一風の柔軟で絢爛豪華な子音と母音の響かせ方から学ばれたテクニックであったり、

清楚で端正な歌唱は児童合唱出身の清純派(薬師丸ひろ子とか)、気障で気取った役作りはタカラヅカの男役、というように、オペラ歌手の演唱スタイルがテレビで流れるエンターテインメント起源だったり、

ということがありはしないか。というより、そういうのなしに、日本のクラシック演奏家が「純正の輸入品」として培養される例は、むしろ少ないような気がする。

(などということを、ふとしたきっかけで松田聖子の初期ヒット曲をあれこれ聴きながら思った。語尾をキュッと上げる「ぶりっこ唱法」とか、声を張らない地声のAメロとか、色々ありますが、まるで「アルプスの少女ハイジ」みたいな(=ヤマタケ流劇伴音楽みたいな)ハープとフルートの隠し味はどの段階で使われなくなって松任谷系のサウンド作りになるのか、とか、こういうのは、きっともう、クラシックとは別物、という風に仕切りがあったわけではなく、ポップスを普通に聴いて育ってクラシックもやります、という状態になって既に四半世紀以上だよなあ、と思ったのです。)