感情を技術で制御・操作すること

トゥルーマンショーやタイタニックを例にして、映画がどのように観客を泣かせるか(感動させるか)、という話をしながら思ったのだが、パクリやヤラセや過剰演出(環境管理?)が話題になった10数年前と違って、今わたしたちは、感情(心?)を技術的に制御・操作されることそれ自体への抵抗感が希薄になっているように思う。

これがミメーシスとフィクションの話なのか、カタルシスとセラピーの話なのか、まだ私にはよくわからないけれど。