軽演劇と世紀末:吉田秀和の浅草オペラ評

吉田秀和は「日本人音楽家の運命」で浅草オペラの思い出とセノオ楽譜の竹久夢二の挿絵を関連づけて、大正期の装飾的な軽さをユーントシュティルと同時代の現象と捉える可能性を示唆している。シミキンは単なる軽薄ではないんじゃないか、と。

世紀末のモデルネですね。1965年に既にそういうことを言っている。浅草オペラの舞台や衣装の色は日本の風景とは違っていたんだ、という風に、モノクロの写真ではわからないことも指摘しているのは、日本のオペラ評で色の話をする人が出てくるのは、かなりあとになってからだという点でも興味深い。