カプースチン

というウクライナ出身でモスクワ在住のジャズ・ピアニストの作品を最近続けて何度か聴く機会があった。

ウクライナ出身でモスクワ在住で、なおかつジャズ・ピアニスト、というのが、いったいどういうことなのか興味をそそられる人生だが、色々腑に落ちないところがあるので自作自演の録音を聴いてみたら、アムランや辻井伸行とは全然違う演奏スタイルで、なんだ、そういうことかと思った。

ジョン・フィールドやアドルフ・ヘンゼルトからアントン・ルビンステインを経てラフマニノフやスクリャービンがいて、ソ連時代にアスリート風に筋肉増強された人材が出てきて……というクラシック音楽系のロシアン・スクールとは、ほぼ全く無関係なところで、ロシア・アヴァンギャルド風のメカニック(若い頃に映画館で鍛えたショスタコーヴィチの自作自演がそうであるような)とモダン・ジャズが合体しているんですね。

アムランやその他の人たちが弾くと、音色が暗くて、スラヴの哀愁を帯びたヴィルトゥオーソ音楽の亜流に聞こえるけれど、カプースチン自身の演奏は、明るく都会的で、むしろポップだ。タッチが全然違うし、ビートが効いて、ペダルでモワっと響きを混ぜ合わせたりしない。

ということは、ガーシュウィンやバーンスタインの東欧クレズマー系のシンフォニック・ジャズとも違う。

ピアソラをクレーメルが弾くと全然違う音楽になってしまったのが思い起こされる。

クレズマー系のシンフォニック・ジャズは、20世紀の商業音楽が19世紀の音楽の遺産をきっちり継承していることを告げていて、「短い20世紀」のことを忘れてしまいたい、できればなかったことにしたいと思っているのかもしれない修正主義者におあつらえ向きの事例だが、カプースチンは、むしろ、ドラスティックに19世紀を切断した新天地に店を開いた感じがする。

クラシック(もしくはそれ由来のcommon practice)とジャズの出会いも一枚岩ではない。