それは巻き返し可能な挫折だったのか?

相変わらずまだちゃんとまとまってはいないのだが、「記号消費」に向けて離陸しつつあったのかもしれない1980年代前半の芸術新潮から「音楽」が一度完全に見限られた、という事実は、80年代半ば以後に「音楽」がオシャレな装いで巻き返そうしたときに、何らかの影を落としていたのではないかと思う。

庄野進の「聴取の詩学」や渡辺裕の「聴衆の誕生」は、建築や美術におけるような「資産」から「記号」へのアートの順当な移行プログラム、という感じがしない。どこかで無理をしていたのではないかと思うのです。

でも一方で、これを「ヴィジュアル重視ゆえのオーディオの不遇」と説明するのは結果を原因と取り違えて取り繕っているだけのような気がするし、人材や力量が足りなかったのだ、というのも違うんじゃないかと思う。

調べもしないで、知った風な説明で片付けることのできない何かがありそうな気がする。

来週にならないと、続きを読む時間は取れないが。