His Majesty の English

彼の日本語を「声」として聞いたときに、この箇所は、すぐには意味が取れなかった。

天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

直観的に、各方面とのすり合わせで付け加えられた文言があり、それで言葉の流れが他の箇所と違ってしまったのではないかと思ったのだが、英語版はこのようになっている。

In order to carry out the duties of the Emperor as the symbol of the State and as a symbol of the unity of the people, the Emperor needs to seek from the people their understanding on the role of the symbol of the State. I think that likewise, there is need for the Emperor to have a deep awareness of his own role as the Emperor, deep understanding of the people, and willingness to nurture within himself the awareness of being with the people.

(1) 「天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,」

引用冒頭で、「象徴であると共に」と「国民統合の象徴」というように象徴の語が2度繰り返される。何の限定もなく発話された「象徴」が、そのあとの「国民統合の象徴」とどう違うのか、日本語版では説明が抜けている。

英語版では、

the duties of the Emperor as the symbol of the State and as a symbol of the unity of the people

「as A and as B」の構文なので、意味は明確だ。最初の「象徴」は「国家のシンボル」、2つ目の象徴は「国民統合のシンボル」で、なおかつ、国家のシンボルは今ここにこうして存在しているただひとつでそれ以外はない("the" symbol of the State)というあり方だが(=法治国家なので法はシンボルを一意に定める)、国民統合の象徴は、他にもあり得るかもしれないけれども、当面はひとつ("a" symbol of the unity of the people)だ。

彼は英語版のメッセージにおいて、「天皇が国家の象徴としての役割と共に、国民統合の象徴の役割を果たすためには、」と言っている。

(2) The Emperor needs to seek... I think that likewise, there is need for the Emperor

引用の後半の錯綜した言い回しが、英語版では、2つの文に分かれている。英語版と対応する箇所で日本語版を2つの文に分けるとしたら、たぶん、こうなる。

「天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求める必要があります。天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。」

そして、「天皇という象徴の立場」という言い回しは、英語版の「the role of the symbol of the State」に対応するが、だとしたら、ここで再び「国家(the Stete)」の語が日本語版では消えていることになる。英語版にある単語を復活させるとしたら、

「天皇が国民に,国家の象徴という立場への理解を求める必要があります。天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。」

以上をまとめて、いわば、英語版の日本語訳を作成するとしたら、

天皇が国家の象徴としての役割と共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,国家の象徴という立場への理解を求める必要があります。天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

(3) my role and my duties

しかし、こうして全体を通して読むと、「duty → 役割」、「role → 立場」という単語の対応が、なにかしっくり来ない。

引用に先立つメッセージ冒頭の「この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致す」が、英語版では「contemplate on my role and my duties as the Emperor in the days to come」であり、2つめの段落の「重い務め」という印象的な言い回しも、これを受けて英語版では「heavy duties」になっている。これを踏まえると、「duty → 務め」、「roll → 在り方」という対応付けを維持するのが、文章としては整合的であるように思われる。

天皇が国家の象徴としての務めと共に,国民統合の象徴としての務めを果たすためには,天皇が国民に,国家の象徴という在り方への理解を求める必要があります。天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

The Emperor は、国際語としての英語で「the symbol of the State」について個人としての所感を発表したが、「国民」に向けて「国家」の語を発話しなかった。彼は、「国民に the symbol of the State への理解を求める」という課題を、「国家」の語を発話することなしに果たさねばならない立場に置かれている。

それは、国家の行政官が「軍隊」の語を発話することなしに army を語らねばならないのと、何かが似ている。なるほど彼は、「自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め」ているかもしれない。

ちなみに、英語版のメッセージの呼称「Message from His Majesty The Emperor」は、代名詞「His」と定冠詞「The」のイニシャルが大文字で、通常わたしたちが目にする英語の表記とは異なる君主の語法になっている。message from については「Message from .... / View the videos of a message from ...」と通常通りに文頭のみ大文字なので、「His Majesty The Emperor」という用字は意図的だろう。彼が symbolize する国家を指す単語 state も、symbol of the State という言い回しにおいては、常にイニシャル S が大文字の the State である。

一方、日本語版の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」という呼称に含まれる「象徴としてのお務めについて」は、英語版の呼称では訳出されていない。これは、単に「2016年8月8日のメッセージ」である。

Message from His Majesty The Emperor : Message from His Majesty The Emperor(August 8, 2016) (video) - The Imperial Household Agency

「英語の世紀」とは、世襲君主の語法を現役で稼働させている言語が、新大陸に渡ったその臣民の目覚ましい働きで地上を覆うに至った時代であり、21世紀の Far East の The Emperor は、この言語環境を十全に活用して、自らのメッセージを発信している。