ランダムの魔

一ヶ月以上が経過してはっきりしたように思うのだが、「出現頻度」なるものは、地形と人の粗密を勘案した確率でそうなっていて、「巣」とかそういうのは、ヒトがランダムなものをそのように意味づけている、ということなのでしょうね。これに加えて、「聖地」で毎晩、桜吹雪を散らしまくって盛大に養殖すれば、多くのサイコロを高速に振り続けているようなものだから珍種も出るだろう、と。

ただし、どういう場所であればサイコロが降られ続けるか、というのは、ヒトの都合ではあるけれど、岬はこういう設定で、駅はこういう設定で、商業施設はこういう設定で、みたいなことは作り手の判断なので、ヒトが面白く動くような匙加減はプログラムがよくできている、という風にも言える。「意味は受け手が作る」とゼロ年代風に煽ることは、もはやできない。

まあ、ヒトと道具の関係というのは昔からそういうことだし、港町のギャンブルに状況がどんどん似てきているのが、どうなるかなあ、という感じだが、AIの囲碁を人間が「新手」と認定したように、プログラムされた現実の拡張がこの島の広場や岬の使い方に何かの刺激を与えているのかもしれない。