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大義はない

文科省から自分の所属している大学・学部がどれくらいの補助をしてもらえるかどうか、という金勘定に帰着する議論は、学問の大義とはほとんど関係がない。筋の悪い議論を仕掛けられて、その土俵で「学問の大義」を弁じるのはやめたらいいのに、と、世間は思っているんじゃないかしら。もはや、裏番組ですらない道ばたのささいな諍いだと思う。学会の受付とか、イベントのロビーでスタッフに食ってかかる人、いるよね。あれに似ている。「最近の若者は公徳心がない」とか、「ここは公共の場所じゃないのか」とか叫んでいるのだけれど、実際は、その人の応対にちょっとした不備があったとか、そういうことだったりする。「エライ人」が奥から出てきてくれたら溜飲が下がる、みたいな一種の承認欲求なのだろう。

(こういうタイプは、スタッフを任せると、自分がかつて食ってかかった相手に輪をかけて横柄になっちゃったりして、近所で名高い厄介者だったりするんだよね。そういうのを「男気がある」などともてはやすホモソーシャルな風土が、このうんざりする状況を助長して、場が腐っていくわけだ。)