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戦後文化人

「夏の思い出」「めだかの学校」「雪の降るまちを」の中田喜直は、南洋で飛行機(戦闘機で前線に出ることはなかったようだが……彼が赴任した戦争末期に前線に出るというのは、すなわち特攻だろうから、そうなると生きていないが……)を操縦していた陸軍少尉が敗戦後に作曲家になったのだから、闘いのあとで文化に転じたという意味で、まさしく「戦後文化人」だなあと思う。

ベートーヴェンやフランス救済ものオペラの作曲家たちがナポレオン戦時下の作曲家だとしたら、シューベルトは、その列に加わりうる教育を受けたところで戦争が終わって王政復古と相成ったのだから、これもまた「戦後文化人」かもしれない。戦時中にロンドンへ逃れたフンメルや、イタリアでよろしくやっていたロッシーニがウィーンを席巻するのを、シューベルトはずっとウィーンで見ていたわけだし……。

シューベルトを中田喜直の側から考えた場合の詩と真実、というのは、そういう構図になると思う。戦後文化人の語の再定義である。

ちなみに、中田喜直は関東大震災の1ヶ月前1923年生まれなので、震災を少年時代に体験した吉田秀和や柴田南雄より一回り下になる。ところが、中田が「戦後文化人」としてラジオ歌謡で世に出るよりあと、もはや戦後ではないと言われ出した頃に柴田・吉田は「前衛音楽」の紹介者になり、1970年代「今太閤の時代」に楽壇の重鎮の地位を確立する。戦後の「表」(敢えてこの言葉を使うが)の音楽文化は、なるほど相変わらず東大出身者が特別な役割を果たしてはいるが、サブカルチャーが好む世代論(←「学校文化」の臭いがする)では捉えきれない。映画評論における蓮實重彦というのも、歳を取ると次第に自分を「ゴダール世代」と言うようになったけれど、たぶん世代論だけで片付かないだろうしね。