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イングランド主義と東京主義

地方出身のエルガーが落日の大英帝国の作曲家だとしたら、ロンドンでウェッジウッド家と姻戚関係を結んだヴォーン・ウィリアムズは「普通のナショナリズム」による英国の再出発を模索した、とされるようだ。しかし民謡に根ざす「普通のナショナリズム」が、最近では、英国の表象というよりも、連合王国におけるイングランド主義だったのではないか、と批判的に検証されつつあると聞く。アイルランドやウェールズやスコットランドのことを思えば、英国政府のEU離脱でややこしいあの地域で、なるほどそういう議論が出てくるのも無理はないと思う。

この議論を日本に応用してみる。

大阪出身の信時潔が落日の大日本帝国の作曲家だとしたら、東京山の手の学者一族から出た柴田南雄は「普通のナショナリズム」による戦後日本の再出発を模索した、とひとまず言えるかもしれない。しかしバルトーク読解から出発して民族音楽学に依拠した「普通のナショナリズム」は、この国の東と西のややこしい関係、北方から南方へ長く延びる列島・群島の諸相を踏まえると、ひょっとしたら、むしろ東京主義ではないだろうか?

(今年の柴田南雄批評賞は、おふたりの若い女性が受賞するという、まるで少し前の芥川賞みたいな結果になったようだが、そのあたりも、なんだかとっても今時の「東京」っぽい。)

前途有望な若手指揮者や「気鋭の」音楽学者(私達の世代は何歳になれば「気鋭」ではなくなるのだろう)が柴田南雄再評価を仕掛ける東京の動きを、「東京主義」が妙な形で東京五輪に接続されてしまうようなアホなオチ、すなわち、「コンテンツとしての柴田南雄の消費」でなければいいのだが、と、大阪から眺める2016年の清秋である。

(「東京主義」というアイデアを半年早く思いついていたら、柴田賞に応募して100万円を狙えたかもしれないのに(笑)!)

[追記]

そういえば、柴田南雄の「ゆく河の流れは絶えずして」は「今太閤」の70年代にトヨタのお膝元で名フィルが委嘱した大作だし、山田和樹が面白いと思っているらしいガムランで沖縄民謡が鳴り響く作品は、我が恩師谷村晃の還暦記念行事で委嘱され、大阪で初演された。(おそらくこれが1990年の国際学会シンポジウムでの柴田南雄のシアターピース演奏会につながっている。)柴田南雄は、東京が浮かれていた時代に東京ならざる場所にアクセスする程度には、「東京」のヤバさをわかっていた人だと思うのだけれど、そういうのは「東京主義者」にしてみれば、不都合な真実なのだろうか? 記念コンサートを東京じゃない場所に持っていったらどうなるか、主催者たちは、そういうことも考えていいんじゃないか。

信時潔は、産経新聞が既に2回も大阪で上演している。(どうして東条が2回とも「お目付役」みたいに出てくるのか、ウゼエんだよ、と思うけど……。)70年代に「海道東征」戦後最初の再演を企画したのも大阪の阪田寛夫だ。「東京主義」を東京以外の土地で鍛えておかないと、「大日本帝国主義」に負けちゃうかもしれないよ。

(大阪の朝日会館に「東京主義者」が興味津々だった件については、お膝元の朝日タワーで危なっかしいシンポジウムが開催される珍事を経て、ともかく機関誌の復刊まではたどり着いたようなので、あとは後世の読解に託された、と言えそうだけれど。)