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大学教員のための作文教室

研究者を自任する人は、研究上の己の立場なるものを意識しすぎて、依頼された売文が融通の効かないものになったりするようだ。役割意識が強すぎる大学教員の陥りがちな失敗その1である。

そしてもうひとつ、原稿の依頼主・編集者の言うことを、あたかも学術論文の投稿規定か何かのように律儀に受け止めて書いた結果、読者のニーズを受け止め損ねてドッチラケ、ということがありうる。コンプライアンスとかガヴァナンスとかいうことが言われるようになった結果、原稿の依頼主・編集者は(自らが発行する刊行物の実態とは遊離した状態で)ますます建前のきれいごとしか言わなくなっており、でも実は、読者が喜んでくれたらそれでいい、結果オーライと考える人たちであり、あなたの研究の生殺与奪の権利を握る学位論文の指導教官のような存在ではないのだけれど、そのあたりがわからなかったりすることがあるようだ。

この2つが合わさると、結構、悲惨なことになる。

一生懸命論文を書いて、資格取得のようなつもりで学位を取って、その直後はあれこれ原稿依頼が来るのだけれど、役割意識にがんじがらめでいまいち気の利かない文章になって、そのうち加齢による劣化と、後ろ盾であったはずの「大学」なる制度の昨今の弱体化で、かつてのオーラが消えてしまい、遂には何も書けなくなる。

今も昔もそういう人がいるし、今まさにそのような劣化の一途をたどりつつあるのかもしれない中年の名前を思い浮かべられないわけではないけれど、誰もがそういう人生を歩むわけではないし、そういう人物から「嫉妬」の語を使ってやんわり説教されるというのは、誰にとっても片腹痛いことであると言わねばなるまい。