読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「天下の台所」の有効期限

江戸時代300年の天下泰平と言うけれど、前半17Cの町人文化の中心は相変わらず上方だった、というのは歌舞伎や浄瑠璃のことを少し調べたらわかること、いいかげん「常識」だ、と言ってよさそうなことですよね。そしてここに大坂の蔵屋敷とか、そういう経済の話を絡めると、「なんだかんだ言って、太閤さんの時代から近代まで、日本の文化・経済を支えていたのは江戸ではなく大坂だ」という俗流大阪学の言説が発生する。どこだったかの私学の学長になった大谷某から現在の阪大に巣くう橋爪一派まで続くアレだ。あの人たちの存在は善し悪し、功罪相半ばだと思います。反骨の大阪市大あたりで、「大大阪論の再検討」みたいな共同研究をやればいいのに……。

(「ブラタモリ」も、何故か大阪の第1回では、いつものような公共施設の職員ではなく、そういう「民都・大阪イズム」に染まっている雰囲気の民間人を起用していた。番組の制作態度としても、企画を受けた大阪の人間の姿勢としても、アンフェアだと思う。なんてそういう風に、よーわからんところで、大阪を特別扱いしますねん(怒)。大阪市の職員さんには、おもろい人よーさんいるはずでっせ。桑子さんの後釜の気の利かないアナウンサーに当てられてしまうような「今週のテーマ」を設定したらダメでしょう(笑)。)

徳川時代の後半になると、道頓堀の芝居小屋はかなり衰退したようだし、町人文化の軸足は江戸に移ったのではないか。そしてこれは、不勉強で正確な知識が私にはないけれど、田沼が失脚して幕府が経済の統制を強めようとしたりしたのと関係があるんじゃないのだろうか。幕府の「改革」は常に失敗続きだったとも言われるが、その一方で蘭学のようなものがさかんになるわけだし、鎖国の建前を保ちながらも徳川時代の後半、大陸で明から清への革命(これは中華的な意味で正しく易姓革命だろう)が起きたり、ヨーロッパの様子が変わったりした後は、この島が「グローバル化」と無縁ではなく、そうなると、「天下の台所」(「天下」といっても国内経済の中心に過ぎなかった)の位置づけは変わりそうな気がする。

(そしてそもそも近松の人形浄瑠璃の代表作は、明治以後に再評価された「内向き」な心中ものではなく、大陸が舞台になる国性爺合戦ですよね、善くも悪くも。ロッシーニが、別に喜劇だけ書いたわけではなくオペラ・セリアで次の世代に影響を与えたように。)

蔵屋敷や米相場と、道頓堀に象徴される町人主導の大坂海側の開発と、紀ノ国屋や越後屋が大名相手に商売するのは、それぞれビジネスとしても時代や階層・ターゲット等々の点でも、それぞれ別の話であって、なんでもかんでも「大阪は日本一」とか「太閤はん以来のお商売」と一括りにすると、事態を見誤るのではないだろうか。

懐徳堂や適塾や陽明学者のテロ行為は、そういう、一枚岩ではなかったであろう大坂とどう絡むのか。

いよいよ真田山に陣取る幸村の話、と言われると心躍るわけですが(真田十勇士の人形劇を子供の頃に見て以来、茶臼山という地名を聞くと家康を連想する、みたいのは擦り込まれている気がします)、でも、「太閤はん」のご威光を背負って真田幸村が語り継がれるのは、「朝比奈隆伝説」のスピンオフとして「大阪のバルトーク大栗裕」が語られるのと、なんとなく似てますね。もしかすると、大坂/大阪をこのような話法、物語の図式に収めるのは、昭和後期の勤め人商売人の発想(=社長と秘書/大旦那と番頭さんが揃ってはじめて商売はうまく回る)であって、徳川時代の大坂はそういう風ではなかったんじゃないか、と思えなくもない。

私は前からずっと、「江戸時代の大坂城」(=大坂における幕府・役人の役割)が気になっています。武士の数が少なくても、押さえるところは押さえていたはずなのに、何故かあまり語られない。そこが見えないと、明治以後の大阪城への陸軍の駐屯(軍楽)や大阪府・大阪市の警察・消防、治水その他のインフラ整備、都市開発の意義をうまく語れないのではないか。明治・大正や昭和前期の大阪についても、「大阪学」や「大大阪モダニズム論」では片付かないことのほうが実は多いんじゃなかろうか。「ブラタモリ」は、そっちをヘルメット被って「掘る」ところが、路上考現学と一線を画して面白い番組なんじゃないのかなあ。

戦後の大阪は、海を埋めた低地が「地盤沈下」したから南北の丘を開発して、そうしたら、その丘に住む勤め人たちが、低地の大阪市を解体して大阪都に一本化せよ、と騒ぎだし、そのうち、南海トラフで低地は全部水没するぞ、と、21世紀版ノストラダムスのようなことが囁かれるようになった。今こそ、大阪市に必ずいるであろう治水のプロの出番じゃないかと思うのですが……。大阪の夏祭りのだんじりは海の神様をお祀りしているわけですし、拡張現実ゲームにおいても、港は大変な賑わいではないですか。天保山、ATCへのラプラスの出現という不測の事態に対して、会議に次ぐ会議で大阪市職員が奮闘する任天堂提供の東宝スペクタクル大作映画「シン・オーサカ」ですよ。