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伸び悩み対策

井上道義は、京響が市の直営で、指揮者は2期6年まで、という暗黙の慣例があった時代に在任3期目に入ったことで市政を批判したい議会でやり玉に上げられて揉めた。逆風のなかでの8年だ。

一方、広上淳一は、京響が財団化して人事を市の慣例から切り離すことができるようになった状態で契約を更新し続けている。経営側としては、財団化が成功であったことをアピールするためにも、いい人に長くいてもらえたほうが好都合なわけだから、順風が吹いていることになる。井上と広上を、在任期間の長さだけで比べるのは、あまり意味がない。

大友直人は、常任指揮者は2期6年だが、井上時代とそのあとのウーヴェ・ムント時代に正指揮者の肩書きで京響に関わり続けて、広上時代も桂冠指揮者として京都コンサートホールのシリーズなどを続けたので、市との軋轢が生じない範囲で、実は京響と一番長く関係を保った指揮者かもしれない。楽団員の世代交代を乗り切ったのは、井上でもなく広上でもなく、大友直人なので、彼は、数字に表れないところで転換期の京響に貢献した。

最近の京響の演奏は、ちょっとヌルい。広上に持ち上げられて、のびのび元気いっぱいだった新しい人たちが伸び悩んでいるように見える。10年を越える長期政権では、3年6年の短期決戦とは別の能力が求められる。広上淳一にその力があるのか。10年を越えるとなると、広上自身がオーケストラとともに変わっていかないと無理だと思うが、彼はそこまで「自分を開く」覚悟があるのか。そこが問われることになるだろう。

財団システムには、指揮者を交替させるしくみがまだちゃんと備わってはいないので、惰性でズルズルになるか、新しい展開を自ら見つけるか、ここからが正念場、運命の分かれ道、「危険な時間帯」だと思う。

(お隣の大阪で、大植英次は、在任10年の「危険な時間帯」を迎える直前に音楽監督を降りて、その後は、なんとなく「自分を開かない人」という印象を与えてしまっている。一方、井上道義は、京都から金沢、大阪と居場所を変えることで、できることが次々変わっていくことを楽しんだように思われ、それが結果的に「現役感」の維持につながっている。彼があのまま京都に居座るのは、京都にとっても井上にとっても、今から振り返れば得策ではなかったと思う。)