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「音楽家が自身を過大評価している」

たぶんこの文言を使いたかったから硬い文体を採用したのだろう。

彼はなぜ、このタイミングでこの文言を「決めぜりふ」として投入したのか、どういう光景をどういうアングルで眺めてこの文言を思いついたのか。色々なことが丸見えであるがゆえに「誤爆」感がただよい、脱力する。

仕方がないので、「小者にかまうな」と檄を飛ばす源次郎、そして突撃も虚しく野原に放置され、泣き崩れる三十郎(←ここで初登場以来のいっちょかみの伏線が回収される)という場面を思い浮かべることにする。

「中間層の音楽」、ブルーカラーではなく、ほどほどに社畜でほどほどに個人主義マイホーム主義で、管理職ではあっても経営陣・トップエリートというわけではなく、生まれや育ちに特記事項はないけれど、面接を受ければそれなりの好感度を与えるチャームポイントがないわけではない「中途半端な私たちの生活と意見」を投影できる音楽が20世紀以来の社会ではますます必要とされているのだろうというのはわかるし、白人ロックはその最有力株だったのだろうと思う。

でも、「中途半端な私たちの生活と意見」の表明が「物申す」モードである必然性はないと思うんだよね。