武満徹のデビュー作「二つのレント」は自筆譜が破棄された幻の作品だったのを、藤井一興(とレコード会社)が発掘して1982年にレコーディングしたのだが、武満自身は1989年に改作を「リタニ」として発表して、1990年の「リタニ」の楽譜に、
この作品は、1950年に作曲された《二つのレント》---その原譜は紛失された---を、作曲者の記憶をたよりに再作曲されたものである。
というコメントを添えた。
高橋アキも「二つのレント」を「リタニ」とは別にレコーディングしているようだが、作曲者本人は「二つのレント」をもはやこの世に存在していないことにしたかったようだ。
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小野光子の評伝には、「二つのレント」のどこかの段階での自筆譜のモノクロ複写として、「コピーA」というものが登場する。
小野は、「二つのレント」の遅い楽章における日本旋法とメシアン流モードの対比が、速いアレグロと遅いアダージォを対比する西洋流ソナタへの対案であった可能性を指摘しており、それは「武満がソナタを書けずにレントを2つ並べたのだろう」という通説に冷静に反駁する周到で傾聴に値する説だと思う。
しかし、それはそれとして、「コピーA」とは何なのか? 小野は、その伝承を明らかにせず、発掘されたとされる藤井一興の使用楽譜が今どうなっているのか、ということについても語らない。
行方不明でこれ以上の詮索が不可能なのか、もう少し何かがわかっているけれども何らかの事情で語ることができないのか、ということすら定かではない。周到に文章を操る能力のある人がこういう風に言葉を濁すと、一般的には、「何か言えない事情があるんだろうなあ」と第三者から思われても仕方がないでしょうね。
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ちなみに、大栗裕の楽譜は、大栗裕記念会にリクエストがあれば、お出しできるものはお出ししますし、お出しできない場合は、何故お出しすることができないのか、どういう権利関係をクリアすればその楽譜を使うことができるのか、個別にご説明させていただいております。
武満徹の場合、作曲者自身による生前のミスティフィケーションに加えて、ご遺族や日本ショット社その他、権利関係や意向の調整が難しそうな関係者が様々に絡み合っていそうですが、いつか近代的な「明朗会計」の実現する日が来ることをお祈りしております。
- 作者: 小野光子
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(例えば、東京芸大を受験したけれど、受験生の雰囲気に疑問を感じて2日目の試験を自主的にパスした(受けて不合格だったわけではない)というのも、武満徹自身による自己防衛のミスティフィケーションではないかという気がします。事実がどうであったのか、ということを詮索できないように道を塞いでしまうしぐさが、彼の周囲には多すぎる。生前には、そのような防衛に一定の意味があったのでしょうけれど、既に当人がこの世にいないのに、関係者がミスティフィケーションの「しぐさ」だけを踏襲するのは弊害が大きい。こういう「霧」をひとつずつ晴らしていくためには、客観的に検証できる資料を可能なかぎり揃える作業が欠かせない。)