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「古都」以前の大和国

著者は、第一次世界大戦100年の2014年に応仁の乱を書こうと考えたそうだ。「大戦争」が現代=20世紀への大転換だったという神話的な議論の再検討は、モダンvsポストモダン/近代論と脱近代論の争いという20世紀的なゲームの底を抜いてしまう可能性があるのだから、人文学が哲学的批評的な空中戦に逆襲する恰好のポイントだと思われ、同じ戦略を日本史に導入するとしたら、応仁の乱以後は現在まで地続きの近世(近代?)だ、という内藤湖南を標的にするのがよさそうだと目星を付けたと思われる。

しかも、近江から中世を語った今谷明の向こうを張って奈良の興福寺別当の視点で応仁の乱を記述するというのだから、平安時代以来の京都政権(日本の中世)と、戦国時代が徳川の江戸幕府で決着して明治には天皇が東京へ移るというような東国の台頭(日本の近代)の京vs江戸=「東と西の日本史」をさらに古い奈良・大和から眺めるわけで、第一次世界大戦の背景でもあるウィーン中心の大ドイツ論とプロイセン主導の小ドイツ論の争いをバイエルンから見て相対化するのに似た雰囲気もある。

興福寺が摂関家とつながっていた南都・大和国は、明治以後の東国の知識人(フェノロサや和辻哲郎)が「発見」したようなアルカイックな古都ではなく、京の都を支える現役の武力・政治力を持っていたようですね。

秀吉が弟を大和に派遣したり、要人が何かというと吉野あたりに逃げていくのも、大和を「古都」だと思っているとうまく説明できそうになく、ちょっと飛躍しますが、近鉄が、世間的には関西の私鉄として有名な阪急・阪神より強力かもしれない鉄道網を作りあげているのは、大和・奈良を「古い」と思い込んではいけない、ということかもしれない。

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)