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趣味判断と道徳

カントの判断力批判は、文明化の過程(奢侈や社交)それ自体を肯定しているわけではないし、ルソーの古代人がそれに対する批判として機能することを認めてはいるけれど、でも、文明化の過程は道徳を準備すると考えていた。小田部先生がカントをそういう風に読む論文が『美学』に出ていた。

「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」

のマリー・アントワネット自身を擁護することはできないけれど、そういう豪奢な都市文化の爛熟は、いわば「人間の自然」であって、そこから撤退したところに清貧な文化を築くのは不自然だ、というような話だと思う。

結構過激に、倫理の基礎を転倒させた議論を示唆している。この流儀で行くと、ハーフリアルなゲームのルールに興じることは法と正義を準備する、それが人間の自然である、と立論できてしまいそうだ。カントは実は凶悪だ、ということですね。

「すべての問題は既にカントのテクストに書いてある」という哲学信者ではない者には、18世紀的な宮廷哲学の限界に見えるけれど。

そういうマリー・アントワネットの斬首もまた、「人間の自然」なのだから。