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Timpani という複数形

ティンパニーという打楽器は、楽器学的には半休の銅の開口部に膜を張るケトル(なべ)の形状がそのアイデンティティである、ということになりそうで、たしかに、筒の両側に膜を張る大小の太鼓や、中東によく見られるらしい片面だけに膜を張った太鼓とは、音質や音量が違ってくる。

でも、叩く楽器のなかでこの楽器だけがオーケストラに定着したのは、常に複数で使用されていたからであるようだ。

定説ではトルコの軍楽の馬上のケトルドラムが起源だとされるらしい。

トルコの軍楽がなぜケトルドラムを複数で使っていたのか私は知らないが、ヨーロッパの音楽家がここに注目した理由は、説明がつきそうな気がする。複数であれば、叩く楽器であっても、吹く楽器やこする楽器と同様に「音程」を作ることができて、合奏に使えそうだ。そしてティンパニーが4度で調律されるのは、この楽器が入ってきた頃、一緒に使われたトランペットなどの金管楽器が出していた自然倍音に合わせたのだろう。


こうして、

「4度音程のペア」

というのがティンパニーの「音楽的」なアイデンティティになる。

ベートーヴェンは、中期のオーケストラ音楽で、しばしば4度音程のリズム動機を主題に採用しているけれど、あれは tonal な音楽のエッセンスを最小限に切り詰める抽象化だったのか、それとも、主題・動機をティンパニーやトランペットでも演奏できる形態に設定することで、すべての楽器が「主題=話題」に参加できるいわば「民主化」を目指したのか。たぶんその両方だと思うけれど、こんな感じに論を立てると、「カントのロビンソン・クルーソー」という話と同じかそれ以上に、大衆性を担保した人文学という感じになって、楽器をめぐる議論で西洋音楽論のかなり深いところへ食い込めるかもしれませんね。

(たぶん、科学と民主主義を信奉した往年の近代的知識人は、こういう種類の話題提供が上手だったんだと思うのだが、今ではもう、そういう話法は時代遅れなのでしょうか?)