1943年のブルース行進曲と1981年の盗賊行進曲

サミー・ネスティコの周辺を調べていたら、ジョン・ウィリアムズまで話がつながってしまった。

ジャズの解説には、カウント・ベイシー楽団のアレンジャー、サミー・ネスティコが空軍バンド(US Air Force Band)出身だ、としか書いていないが、それじゃあ、空軍バンド(US Air Force Band)とは何なのか。

吹奏楽で「USエアフォース・バンド」は大変有名で、数々のオリジナル作品を委嘱初演したことで知られている。私も大学時代に、クロード・T・スミスが彼らのために作曲したフェスティヴァル・ヴァリエーションズという曲をやった。

空軍バンドの公式サイトで確認すると、US Air Force Band はひとつではなく、Concert Band (これが吹奏楽で言うエアフォース)のほかに、ジャズのビッグバンド(Airmen of Note)や声楽アンサンブル、今ではロックバンド(Max Impact)もあるらしい。ネスティコはUSAFのビッグバンドにいたようだ。

USAFのビッグバンドは、公式サイトでグレン・ミラーのバンドの後継だと称している。

Created in 1950 to continue the tradition of Major Glenn Miller's Army Air Corps dance band, the current band consists of 18 active duty Airmen musicians including one vocalist.

The United States Air Force Band - Band Ensemble Bio

グレン・ミラーが第二次世界大戦への合州国参戦を受けて1942年に陸軍航空隊に入って組織したバンドですね。(上の引用は Army Air Corp と書いているが、一般的にはグレン・ミラーの Army Air Force Band = AAF Band と呼称されるようだ。)日本語のサイトでは、「慰問」という言葉を使って、まるで民間人が国民総動員で戦争に協力したかのように書かれていたりもするが、グレン・ミラーは1942年から1944年に飛行機で消息を絶つまで軍属だった。階級は大佐 captain で、所属は

assistant special services officer for the Army Air Forces Southeast Training Center at Maxwell Field, Montgomery, Alabama

ということになるようだ。

合州国陸軍 US Army の航空隊 US Army Air Force が合州国空軍 US Air Force = USAF に改組されたのは1947年なので、1950年の Air Force Band へのビッグバンド設置はその直後という時期になる。「伝統を受け継ぐ」といっても、USAF のビッグバンドがグレン・ミラーの AAF Band の何を継承したのか、具体的なことはよくわからない。

グレン・ミラーの AAF Band は北米・欧州を巡演するだけでなく、連合国のプロパガンダ放送で番組を持ったりしている。YouTube にはその音源もいくつか上がっていますが、AAF Band の性格をわかりやすく示すのが「セントルイス・ブルース・マーチ」だと思う。

1914年に作曲されて、ルイ・アームストロングなんかも録音しているブルースをマーチに仕立てたグレン・ミラーのヴァージョンは1943年の AAF Band での仕事だったんですね。グレン・ミラーは「軍楽隊の改革」を標榜して、スーザのマーチを演奏していたメンバーにビッグ・バンドのスウィングを仕込んだ。その過程でマーチ仕立てのブルースが生まれた、ということのようだ。

日本の吹奏楽では、この「セントルイス・ブルース・マーチ」、セントルイス・ブルースの AAF Band によるマーチ編曲がレパートリーに定着しているが、当然ながら、グレン・ミラーの民間バンド時代のムーンライト・セレナードなどと違って、これが日本に伝わったのは敗戦後だと思われる。いったいどういう経緯で、このマーチが日本の吹奏楽に定着したのか。占領軍の放送や実演が最初だろうけれど、占領下でこのマーチがどういう風に受け止められていたのか……。

(中学生の頃から吹奏楽で何度か演奏したが、ジャズなのにジャズらしくなく、何なんだこれは、と思っていた。AAF Band や日本の敗戦後のジャズなどの経緯を知らない者には、何が嬉しいのかよくわからない曲だと思う。

ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーもピアノとジャズバンドのコンチェルトという文脈依存の危うい均衡で成立した作品だし、バーンスタインのマルチ・タレントで何が主たる業績なのか見極め難い生き方に至るまでの、まだ1990年以後のような一人勝ちの「帝国」ではなかった頃の合州国は、これという決め手なしに折衷的な合わせ技で「短い20世紀」を生き延びたと見た方がいいのかもしれない。メイン・カルチャーがそんな状態だから、アンダーグラウンドに「透明人間」(アレックス・ロス)がはびこったのでしょう。「帝国」になってからまだ20数年と日が浅いから、変なおっさんを代表に選んじゃったりするわけだ。危なっかしい国ですよ。)

そして他方で、AAF Band は負けた日本だけじゃなく、勝った連合国にも、戦時中にプロパガンダが電波で降り注いでいたことを示している。1981年のインディー・ジョーンズ・シリーズのテーマ曲(raiders は盗賊のことだそうですね)の冒頭のトランペットは、明らかにセントルイス・ブルース・マーチを下敷きにして、グレン・ミラーのマーチが高音から駆け下りるところを低音から駆け上がる音形にひっくり返しているが、1932年生まれで日本流に言えば「少国民」世代のジョン・ウィリアムズがこういうマーチを書いたのは、この物語が第二次大戦中のナチスを敵役にする設定だからだろうと思う。ジョン・ウィリアムズは、亡命ユダヤ人のシンフォニックな映画音楽だけじゃなく、グレン・ミラーの AAF Band の戦時中のプロパガンダの音楽的記憶をも継承していることになりそうだ。