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二本の足で立つ primates

Western primatology stems primarily from research by North American and European scientists. Early primate study focused primarily in medical research, but some scientists also conducted "civilizing" experiments on chimpanzees in order to gauge both primate intelligence and the limits of their brainpower[citation needed]...

Primatology - Wikipedia

拡張現実におけるベイビーを優遇していると、それにつられて二本の足で立つ種を残して他を弱いままに留め置きたくなるのだが、霊長類と訳される二本足を prima とみなすのは人類の奢りなのだろうか。

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そして、いわゆる二足歩行ロボットは、ロボットにおける霊長類 primates なのだろうか?

ゲームの「リアリティ」を「2.0」に更新するというのであれば、「動物化」のほうも「2.0」に更新されてよかろう。

それはそれとして、国立大学の学費の高騰が学生を圧迫しているというけれど、かつて学費が安かった時代の苦学生は、生活環境も今とは随分違ったはずだ。ほぼプライバシーのない寮や安下宿に住んで、大講座制の研究室では教授の徒弟だったわけで、いまから学費だけを下げても、当節の親がそのような環境に子供たちを投げ入れるとは思われない。

大学進学率も全然違う。

苦学の末に学問で身を立てる、というのは、かつてはマイナーでリスキーな道だったのではないだろうか。

だから、なるほど「最近の学生は苦労を知らない」と嘆くときに美化された過去(バイトで学費をまかなった俺たちの学生時代)を引き合いに出すのはおかしいが、他方で、学生のリスク軽減のために学費を下げろ、「本来、学費はタダでいいはずだ」と主張するときに過去の日本を参照するのは、五十歩百歩の議論に見える。

貧乏でも根性があれば知は育つ、という前提で根性のある者を優遇したがる競技者育成の発想がそもそもおかしい。学問は相撲ではない。

もし、学問と相撲のアナロジーを展開するのであれば、外国人に門戸を開くことで角界が一息ついて、これを受けて日本人力士が復活しつつある状況が、アジアにおける日本の政治・経済・文化が絡まるややこしい立ち位置を反映していることに着目したほうがいいだろう。日本は、OECDとやらの統計を恣意的にピックアップすると、先進国とは言いがたい教育行政が貧弱な国家に見せかけることができるかもしれないけれど、相対的に裕福で、それを直視しないから話が不透明になっているのだと思う。